「自己への執着」をいかにゆるめるか

異動を「左遷」だと感じる心情には、「強者の論理」が含まれている。本人は異動辞令に不満をもっているかもしれないが、異動先の会社や部署では多くの人がキャリアを積み重ねている。彼らの心情を顧みず、不満をかこつだけでは変化は呼び込めない。左遷から立ち直り、それをチャンスに変えるためには、自らの出世や利益を中心に考える「自己への執着」から、一緒に働く仲間や家族などに対する「他者への関心」に姿勢を移す必要がある。

前出の山下さんが「お遍路」に取り組むようになったのは、「お接待」への感動だったという。銀行員時代にも接待と称して会食やゴルフをしていたが、それは結局、自分の成績のためだった。一方で「お接待」は見返りを求めるものではない。菅笠、金剛杖、白衣を着て歩いていると、見知らぬ地元の人が「お遍路さん、頑張って!」と励ましてくれたり、お茶をふるまってくれたりする。時には家に泊めてくれることもあった。山下さんが遍路道の整備作業や小学校でのお遍路授業などに無償で取り組むのは、それらに応えたいという気持ちからだという。

ジャーナリストの池上氏も同じではないか。私の勝手な推測であるが、「こどもたちに分かりやすく伝える」という経験が、「他者への関心」に姿勢が転じるきっかけになったように思う。それは独立後の活躍にもつながっているのだろう。

姿勢を切り替えることは、順風満帆な状況では難しい。むしろ挫折や不遇体験の中でこそ起こる。

そう考えると、左遷とは地中に埋められた原石を見出すきっかけともいえる。そして原石を宝石に変えるためには、左遷の背景をよく理解したうえで、自分自身に正面から向き合うことが求められる。病気、会社の破綻、大震災や事故に遭遇するなどの出来事も左遷と共通した性格を持っている。どんな左遷であっても正面から向き合うことで、イキイキした人生につながるはずだ。

※1:日本では、非正規雇用の待遇改善が大きな課題になっている。安倍晋三首相は今年1月の施政方針演説で、正規・非正規の雇用形態の違いだけで賃金格差を設けない「同一労働同一賃金」の実現に向けて言及し、労働者派遣法などの改正を目指す方針を掲げている。
※2:「週刊朝日」2015年3月13日号「〈NHK同期入局組が語り尽くす〉 池上 彰×大塚範一 白血病の『友』を見舞って」

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