──企業幹部は交渉で金銭に焦点をあてすぎるとおっしゃいましたが、それはどういう意味でしょう。

金銭をめぐる交渉は、往々にしてもっと重要なほかの問題から関心をそらしてしまう。たとえば昇給を要求している下級幹部がいるとすると、彼の利益、彼が望んでいることはおそらくほかにもあるだろう。それはフレックス勤務かもしれないし、もっと広範囲の人々と協力できる体制かもしれない。あるいはもっとやりがいのある仕事かもしれない。より強力な組織にするために、あるいは若手幹部にとってより魅力的な組織にするために何かいい案はないかと、この下級幹部に尋ねることも大切だろう。

金銭に限らず、もっと多くの問題を交渉に持ち込むことによって、幹部はそれまで知らなかったことを知ることができる。この下級幹部に、自分は頼りにされているとか、やりがいのある仕事を任されているとか、別の面で幸福感を持たせてやることのほうが昇給の額より重要ではなかろうか。

──ビジネスの場で金銭問題について交渉するとき、留意すべき点は何でしょう。

問題は金銭だけではなく、人間関係や事業の将来展望、コミュニケーションのとり方なども関係しているということだ。金銭問題についての交渉であっても、こちらが相手の利益を理解していれば、より簡単にその利益を満たすことができる。

──企業幹部はどうすれば交渉にもっと独創性を持ち込めるのでしょうか。

共同で意思決定を行うには2つの活動が必要だ。1つは決定の候補となる案をいくつか生み出すこと、もう1つは、両者がともにコミット(履行を誓約)することによって、それらの案の1つを決定に変えることだ。

候補となる案を生み出すブレーンストーミングとコミットメントを切り離して行うほうがよい。さらに理想的には別々の人間がこれを行うほうが賢明な決定につながりやすい。

コミットメントを与える全権を持っている幹部が「相手側」幹部とのブレーンストーミングに参加しようとしても、制約が多くてうまくいかないだろう。どちらの側も、自分が何か言うとコミットメントと受け取られるのではないかとか、ここまでなら譲ってもよいと思っている線を相手にさとられるのではないかと恐れて、自由にものが言えないはずだ。

コミットメントは事前のブレーンストーミングがなければスムーズにいかないだろう。十分に検討された複数の案がコミットする人々の前に用意されているほうが、はるかに賢明な決定を下しやすい。