他社での修業を経て苦労を知る
多くの後継者は社長である父親の仕事が安定し、衣食住が揃った頃に生まれ、物心つく頃にはすべてが揃っていたのではないだろうか。そのため、アルバイトの経験もなく社会に出る後継者も多い。学生時代から社会経験を積むという意味においては、後継者かどうかは関係なく、一度はアルバイトをするような機会があったほうがいいはずだ。
私は大学時代の4年間、百貨店でレジ打ちのアルバイトをしていた。お客様と相対しながら、「いらっしゃいませ」「いくらになります」「お預かりします」と言って商品の代金をいただき、商品とお釣りとレシートをお渡しして、「ありがとうございました」と頭を下げる。商売の基本中の基本だろう。
しかし、こうしたことも経験していなければとっさにするのは難しいものだ。接客の経験もなく社会人になった後継者であれば、なおさらできないものだろう。そんな後継者が、一社員の気持ちを理解できたり、心からお客様に頭を下げられたりするものだろうか。「ありがとうございました」と言えないような人を会社としてもお客様の前に出すわけにはいかないはずだ。
「もうアルバイトは間に合わない」という場合は、ぜひとも大学卒業後に父親の会社ではなく、必ずどこかに一度就職して他社の会社で働く“修業”に出るようなことをしてもらいたい。他社で働く経験の中で、外から自社を冷静に見る機会があるかもしれないし、また父親の会社に入社してからでも、第三者的な目線で自社を見ることができるようになるかもしれないからだ。
自分にとって、他社での修業は何が最終的な「目的」で、何が「目標」なのか最初からはっきりさせておくことが重要だ。その際、父親の会社の業種とまったく違うところで修業しても意味がないような場合もある。例えば、メーカーだったらメーカー、食品系だったら食品系、飲食だったら飲食などでの修業が望ましいだろう。地域や業種業態など、ライバルではないが似て非なる会社を選ぶのがベストだ。
ただ、なかには違うケースもある。父親の会社が大手の下請けの会社であれば違う業界の大手の下請けの会社に、父親の会社がホテルであればまったく違う企画会社という場合もあり得る。後継者が何を学んだほうがいいのかで、変わる場合もあるのだ。
他社での修業から苦労を学び、創業者の思いを知り、現場で働くことで会社の原動力を体感する。こうした学びの中から、相手への感謝の気持ち、謙虚な姿勢が身についていく。経営者にとって本当に大切なことを知らない後継者が、頭を下げられない後継社長になっていくのだ。