現場がわからない「社長室」の肩書きはいらない
最近、まだ若い後継者の方と名刺交換をすると、役職や部署が「社長室」「社長付き」「経営企画室」などと書かれた名刺が多くなってきている。これらの役職は、一見どんな仕事をしているのか、正直よくわからないと私は感じている。
社長の傍らに置いて、後継者を守りながら育てていく。「俺の傍で社長とはどういうものか見ておけ」という考えからそういった役職や部署に就けているのは、理解できない話ではない。しかし、あまり感心するものでもないだろう。どうしても過保護に見えてしまうというのと、後継者であってもやはり現場を一通り経験すべきだと思うからだ。
例えば飲食業の経営者の中には、「私は経営者なので料理のことはわからない。料理長がいるので任せておけばいい。やる必要もない」などと言う人がいるが、それは大きな間違いだ。もしお客様に提供する料理のクオリティーに問題があったとき、「こういう理由でダメだ」ということができないからだ。料理の経験もないのに「とにかくやり直せ」と言っても、現場の料理人たちは聞かないだろう。「何がどう悪いからやり直してほしい」と言えないようでは、経営者失格と言っても過言ではない。
「社長室」「社長付き」「経営企画室」などという肩書きは、そういった現場の経験を飛ばしていることを如実に表わしていることになる。現場の仕事を知らず、体験したこともない経営者にならないためにも、後継者は入社してから最低3年間は現場の第一線で働くべきだろう。
日本経営合理化協会に入協した最初の1年間、私は経理に配属され社内の数字の流れを勉強した。経理で仕事をすることで、会社のお金の流れをしっかりとつかむことができる。お金の流れがわかると、理屈だけではない実体として自社のビジネスモデルがつかめるのだ。
その後、企画部へと配属された。それはセミナーなどの企画運営をする部署で、講師の選定からパンフレットの作成、募集、運営まですべてを1人で行う協会を支える最前線の部署だ。そこで、役職に就くまで6年、かなり鍛えられた。個人の総合的な能力が必要になってくるため、トータルで鍛えられたのだ。
その間、私は小さな失敗を重ねた。役職が上になってからの失敗は会社としてのダメージも大きいが、下積み時代であればたいしたことにはならない。失敗をすればするほど人間は失敗を糧に成長する。いくつも失敗をすることが一番の成長への近道と言える。これは役職に就いてないときにしか体験できない貴重なことだ。そこから学ぶことはとても大きく、しかも必ず役に立つ。
以上の理由で、やはり営業部が強い会社なら営業から入る、あるいはメーカーであれば製造の現場から入るなど、業種業態によって違いはあるが現場の第一線から入って経験を積んでもらいたい。親しい経営者の中で成功している2代目、3代目社長というのは必ずそういう経験をしてきている。
「社長室」「経営企画室」という役職や部署の後継者の方が、これから異動を志願するというのは十分にできると思う。むしろ、そのくらいの積極性に喜ばない父親はいないはずだ。そして、後継者の息子を「社長室付き」にしている経営者は、そうすることが本当に後継者のためになるのか、会社を支える現場のことを後継者は理解できているのか、改めて考えてもらいたい。