理念を体現できる人が評価される土壌

このように理念の語り手を意図的に増やすことが全国展開の推進を担うリーダー人財の育成に直結している。新たな進出先の新施設を任せられた支配人が、たとえ年齢的に若くても、メンバーからの信頼を得て、成果を上げられるのは、能力だけでなく、理念を体現し伝えられるだけの存在だと周囲から認められたからだ。

厨房を担う料理人が顧客の要望に柔軟に対応できたことにも、経営理念の全社的浸透が作用している。この会社の中では、お客様の感動を第一に考えれば周囲からの信頼を得られることが明確になっており、勉強会等の機会を通じ相互に認め合える安心感がある。職人のプライドで自己防衛する必要がないので、慣習に囚われることなく新たなチャレンジに積極的に取り組める。厨房革命を実現できたのは理念の共有によって職人の心のバリアを取り払うことができたからだ。

安易な拡大路線に走ることなく進出先の立地を慎重に厳選しているのも理念経営を堅持するためだ。すなわち施設の豪華さ等のハード面は資金を投入すれば一気に進めることができるが、お客様を感動させるソフト面は理念を体現した人財が不可欠であり、その育成には時間がかかる。また顧客接点を担う社員が安心してお客様へのサービスに専念するためには、経営的に不安定でないほうが望ましいことは言うまでもない。

金子社長が新規出店に際し極めて慎重なのは、若かりし頃の苦い経験があるからだ。それはアイ・ケイ・ケイ設立前に経営に携わっていた伊万里グランドホテルでの出来事だ。最初に雇った従業員30人が、3年後にひとりも残っていなかった。「このことは私が経営者として未熟さがあったということ。新規出店する際は、その場所で20年勝てる見通しの持てる場所にしか出ない。そうでなければスタッフは安心して働くことができないからだ。私がめざすのは、理念を磨き、よい社風をつくって、企業を永続させることだ」と金子社長は語る。

竹内秀太郎(たけうち・しゅうたろう)●グロービス経営大学院主席研究員。東京都出身。一橋大学社会学部卒業。London Business School ADP修了。外資系石油会社にて、人事部、財務部、経営企画部等で、経営管理業務を幅広く経験。日本経済研究センターにて、世界経済長期予測プロジェクトに参画。グロービスでは、人材開発・組織変革コンサルタント、部門経営管理統括リーダーを経て、現在ファカルティ本部で研究、教育活動に従事。リーダーシップ領域の講師として、年間のべ1000名超のビジネスリーダーとのセッションに関与している。Center for Creative Leadership認定360 Feedback Facilitator。共著書に『MBA人材マネジメント』『新版グロービスMBAリーダーシップ』(ダイヤモンド社)がある。
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