タイの人口は約6400万人。このうち、約13%にあたる約830万人がバンコクの住民だ。在タイ日本大使館の集計では約5万人、一説には7万人近い日本人がバンコクに滞在しているといわれている。バンコク住民の100人に1人弱が日本人という数字に、「日本人を引き寄せるタイの磁力」を感じずにはいられない。インフラや市場の条件、親密度の高さ。タイは、日本人が海外で起業をするにはうってつけの舞台といえる。

だからといって、誰もがタイ和僑として飛び立てるかといえば話は別だ。確かに日本を彩る数字は悲しい。OECDの中で唯一、過去20年間にわたって所得と資産が減少し、この先も毎年就業人口が50万人ペースで減っていく。市場縮小、衰退、凋落、閉塞、内向き。ネガティブワードはいくらでも湧いてくる。

だが、タイで起業するという選択をする人たちは、どこか特別の存在であり、たっぷりの自信と、よほどの覚悟と、かなりの向こう見ずが、いい塩梅で同居している人たちに違いない。同じ日本人といっても、同一にくくることはできない別人種にきまっている。

そんなタイ和僑に対して抱いていた私のイメージは、取材の過程で見事に覆されることとなる。彼ら彼女たちは、私たちと別次元に生きる人々ではなかった。日本に絶望し、国を捨てた“棄民”でもなかった。ここにチャンスはないと日本を見限り、タイに活躍の場を求めたのでもなかった。海外で一旗揚げようというむき出しの野心に突き動かされているというのでもなかった。

和僑と私たちに特別大きな違いはない。唯一あるとすれば、日本だ、海外だと区別せず、チャンスがありそうな場所を選ぶシンプルでフラットな視点だ。呆れるほどに「国境」に対して鈍感なのだ。国と国を分けるボーダーには無頓着で、何よりも自分を生かせる場所、可能性を見出した場所でビジネスを立ち上げたいというプリミティブな欲求に忠実に従っている。よく言えば「思い切りがよく即断即決」、悪く言えば「短絡的で腰が軽い」抜群の行動力で、ひるまず迷わずビジネスを立ち上げている。