山形県の一部では、未婚の死者の冥福を祈る「ムカサリ絵馬」という風習がある。その伝統を受け継ぐ女性絵師、高橋知佳子さん(52)のもとには、地元だけでなく全国から依頼が集まっているという。「ムカサリ」とは何か、そして彼女はなぜ「ムカサリ絵馬師」になったのか。ライターの黒島暁生さんが取材した――。
高橋知佳子さん
画像提供=高橋知佳子さん

山形県に伝わる「あの世での結婚式」の絵馬

世の中に死者を悼む方法はさまざまある。山形県村山地方から最上地方にかけて江戸時代から伝わるムカサリ絵馬の風習がある。

ムカサリとは、土地の言葉で、「結婚」や「花嫁」を意味する。

遺族が結婚することなく生涯を終えた故人の冥福を祈り、その親などが絵師に依頼して結婚式の様子を絵馬に描き、地域の寺院や観音堂に奉納する文化だ。「絵馬」と言っても、神社やお寺で見かけるものではなく、大きいものでは1辺が1メートルほどにもなる「絵」だ。

例えば、山形県天童市にある若松寺には1300体以上のムカサリ絵馬が奉納されている。そのひとつひとつからは「せめて来世では幸福になってほしい」という親や親族の深い願いが込められているようだ。

この文化はいまでも続いている。未婚のまま生涯を終えた者の冥福を祈り、死者の結婚式の風景を描く絵師がいる。

故人の隣にいるのは、架空の人物。彼らが身にまとうのは和装洋装とバリエーションも豊富だ。ムカサリ絵馬師として生きるひとりの女性の仕事を通して、今もなお残り続ける風習の価値に迫った。