7月の参議院選挙では参政党が14議席を獲得し、躍進した。文筆家の御田寺圭さんは「支持層の半数近くが女性であることに驚きが持たれていたが、偶然ではない。家庭に入って家事や育児を頑張りたいと思っている女性たちの支持を集めたのではないか」という――。
メディアのインタビューに答える参政党の神谷代表=2025年7月20日、東京都新宿区
写真提供=共同通信社
メディアのインタビューに答える参政党の神谷代表=2025年7月20日、東京都新宿区

参政党の「少子化対策」に集まった批判

参政党の大躍進という歴史的結果を残した参院選――世間ではその熱も冷めつつあるようだが、一部のSNS女性たちはいまだ参政党の「少子化対策(から見える女性観)」にえらくご立腹の様子である。

しかしながらこの際はっきりと予言しておく。

子どもを産む産まないは個人の自由であるというのはそのとおりだしこれからも変わらないだろうが、しかし「産む女性」の社会的な尊敬の度合いは急激に上昇し「産まない女性」のそれを大幅に上回るフェーズが向こう十数年において待ったなしで始まる。

「産む女性」の復権は主としてふたつの文脈から後押しされる。

日本の出生数はご存じのとおり年々激減していて、当たり前だがそれは「社会保障の担い手」の減少を共起している。一人当たりが支えなければならない高齢者の数の相対的な増加は、そっくりそのまま社会保険料の増大をもたらし、それは若い世代の人生の先行きを曇らせる“重荷”になっている。

参政党が気づいた「鉱脈」

「あえて産まない」を選択した女性は、いまでこそ先進的で洗練された“あるべき”女性の生き方として称賛されているが、そのムードは徐々に陰りを見せていく。社会保障のリソースやマンパワーが逼迫する状況になり、この制度がかえって若い世代の生活や将来に暗い影を落とす性質が世の中に知れ渡っていくほどに、彼女たちは「稼ぎは自己投資や自己利益のために最大限使い切って、年を取ったら産んだ人の子や孫にカネやリソースをタカって悠々自適な老後を送る気満々の人」であるという眼差しを向けられる。

もうすでにそのような潮目の変化が生じつつある。世の中では子育て世帯の女性を中心にして「なんで産んだ側の私たち(の子どもや孫世代)が、産んでない側の人たちの老後の面倒を見ないといけないの? それって全然フェアじゃなくない?」という不満を持ち始めている。参政党はここにある種の「鉱脈」があることに気づいていた。