「迷惑な上司」だったことを謝罪して、次のステップへ

まず、360度サーベイで出てきた最大の問題は、有賀さんがあまりにも忙しいために部下が気を使っているという問題であった。有賀さんが言う。

「部下のために最大限仕事をしてきたつもりなのですが、私が一所懸命働くことで、かえって部下に心配をさせていたという結果は衝撃的でした」

そこで有賀さんは、「自分なりに必死で働いてきたつもりだが、時間のことで気を使わせてしまって大変申し訳なかった」と、まずは部下に謝罪をした。そのうえで、何のスケジュールも入れずにデスクに座っている時間を勤務時間内に最低1時間はつくるべきだという私の提案を、実践に移した。

「これまでは勤務時間一杯、会議や打ち合わせを入れていたので、部下からの報告はその後に受けていました。部下にすれば『たまには定時に帰らせてくれよ』という気持ちだったのでしょう。自分は必死で働いているつもりでしたが、実は私、迷惑な上司だったのですね(笑)。1時間の報告タイムを設けてから、部下とのコミュニケーションはずいぶん良好になりました」

有賀さんが抱えていたもうひとつの課題は後継者の育成であり、これは有賀さんが忙しすぎるという問題と深くかかわることであった。有賀さん自身は忙しくて後継者の育成をする時間がないと思っているようだったが、私の見方は違った。有賀さんは、後継者に権限を委譲することが不安だったのだ。そして権限の委譲ができていないから、すべての仕事を1人でこなさねばならず、結果として時間的な余裕を失っていた。つまり、時間がないから委譲できなかったのではなく、委譲しないから時間がなかったのである。

有賀さんはOJTのように一緒に現場に出ることで後継者に仕事を覚えさせようと考えていたが、それではいつまで経っても権限の委譲は実現できない。私は委譲する権限の範囲を決め、委譲のタイムテーブルも決めて、思い切って任せてしまうことを提案した。

「少し不安でしたが、仕事を渡してしまったらとたんに気が楽になりました。権限委譲のスケジュールを決めていただいたことが大きかったですね。自分が選んだ後継者なのだから信じて任せるしかないと割り切ったら、頭の中から完全にモヤモヤが消えました」

有賀さんは私と対話を重ねる中で、世界といかに戦うかという発想を持つようになっていったという。「今までは業界基準、日本基準でものを考えていましたが、今後は世界基準に焦点を合わせないと部下にゴールを示せないと思うようになりました」。

冒頭で述べたように、私のミッションは世界で勝負できるリーダーを育てることである。それにはまず、経営陣や次期幹部候補からコーチングを受けてもらう必要があると私は考えている。

日本企業では、研修等で自己変革の努力の機会を自ら受けるのはせいぜい部長クラスまでであり、役員クラスになるとほとんど受けないケースが多い。

ところが外資系企業では、役職が上になればなるほど積極的にリーダーシップのトレーニングを受けるのがごく一般的なのである。現在、日本企業の多くが、経営革新の点で世界にビハインドしている原因の1つはここにあると私は考えている。世界で勝てるリーダーを育てるには、“上の人間”から変わっていく必要があるのだ。

(構成=山田清機)
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