2025年・令和7年の今年は「昭和100年」でもある。この年に奇しくも大阪・関西万博が始まった。セビリア、ミラノなど、世界の万博跡地を歩き『昭和100年』を著した古市憲寿氏が、今も昭和の栄光を引きずる万博の地から、日本の未来像を考察する。

大阪人はいつの間にかイタリア人になった

2025年は昭和100年に当たる。奇しくも、その記念すべき年に「万博」という極めて昭和的なイベントが開催されている。大阪・関西万博だ。

取材で何度か万博に足を運んだ。確かに大屋根リングは壮観だし(ただし大した雨よけにもならない)、落合陽一氏の「null2」館はデザイン的に面白いし(ただし2分で十分)、世界中の人々が一堂に会する機会は貴重だろう(政治が大した万博外交をしていないのはもったいない)。

空飛ぶクルマや火星の石の展示はさすがに昭和的すぎて笑ってしまったが、案の定大して盛り上がってもいない。

メディアでは日々の来場者が報じられ、目標の2820万人に届くかが注目されている。だが実はそれは些末な論点だ。万博にとって最も大切なのは、10月13日の閉幕日以降である。この数十年で万博の常識は一変したのだ。日本で万博と言えば、1970年の大阪万博を思い浮かべる人が多いだろう。客観的に言っても大成功したイベントだった。当時はインターネットもなく、海外旅行も一般的ではない時代。世界の最新技術が一カ所に集まることに大きな意味があった。昭和の万博はそれでよかったのだ。

だが今はスマホの時代。わざわざ万博など行かなくても、「未来」は掌の中に広がる。万博会場で悪天候の中、何時間も並ばされるより、GPTと相談しながら企画書を考え、Gen-2で動画を作り、SUNOで音楽をつけたりするほうが、よっぽど「未来」を体現できる。

もはや未来のショーケースとしての万博は役割を終えた。では現代の万博にどんな意味があるのか。それがレガシーである。「再開発のドーピング剤」と言い換えてもいい。

万博ではないが、メガイベントの成功例として挙げられるのがロンドンオリンピックだ。「切り裂きジャック」で名を馳せた治安の悪いエリアが、オリンピックによってタワーマンションやショッピングモールの立ち並ぶ都市に生まれ変わったのだ。雰囲気は東京の豊洲にそっくりである(それがいいかどうかはわからない)。

オリンピック招致を進めたロンドン市長は「私は3週間の運動会のためにオリンピックを招致したのではありません」と述べる。政府から開発資金を引き出すためにオリンピックを利用したと明言している。「お祭りをすれば盛り上がる。あとは何とかなる」なんて馬鹿なことを考えていいのは経済成長の最中にある国だけだ。

2015年に開催されたミラノ万博は、大阪と同様に勢いで開催してしまった結果、跡地利用が無計画だった。

17年に大阪市議会議員が視察でミラノ市を訪れているが、その報告書では「ミラノ万博を他山の石」にしなければならないとある。そのうえで「あらかじめ計画する日本人と違ってイタリア人のDNAはやりながら変えていくというフレキシブルさがある」と擁護していた。

(撮影=宇佐美雅浩 写真=時事通信フォト)