ひめゆりの塔前の火炎ビン事件

初日に南部戦跡にお車で向かわれる途中、沿道の白銀病院のベランダからビンや角材、石などが車列に向かって投げられた。この時は大事に至らなかった。

だが、戦時中に看護要員として動員されて命を落とした女子生徒たちの慰霊施設「ひめゆりの塔」に拝礼された直後に、事件が起こった。

近くの洞窟に潜んでいた赤いヘルメットと黒いヘルメットに覆面をした男2人が飛び出して、火炎ビンや爆竹を投げつけたのだ。幸い、火炎ビンは献花台に当たって両陛下にお怪我はなかった。しかし一歩間違えば、取り返しのつかない大惨事になるところだった。

洞窟を十分に点検せず、そこに潜んだテロリストを見逃した沖縄県警の大失態だった。

この時、上皇陛下は取り乱すことなく、ひめゆり同窓会の会長で当日ご案内に当たった源ゆき子さんのことを、真っ先に気づかわれた。「私は大丈夫。源さんはどうですか。源さんを見てあげて下さい」と。

事件後も、当初の予定を変更されることなく、「魂魄の塔」「沖縄師範健児の塔」「黎明の塔」「島守の塔」と巡拝を続けられた。この日は猛暑だったが、上皇上皇后両陛下は汗をぬぐおうともされず、ゆかりの人たちの話に熱心に耳を傾けられた。

「この地に心を寄せ続けていく」

この事件に対する当時の沖縄県民の反応は、どうだったか。警察当局の緊急世論調査では、次のような結果だった(佐々淳行氏『菊の御紋章と火炎ビン』より)。

①モヤモヤしていたものがこの一発でふっきれた。
②しかし、皇太子同妃両殿下(上皇上皇后両陛下、以下同じ)に当たらなくてよかった。
③過激派はイヤだ。
④皇太子同妃両殿下には好感を抱いた。

この日の夜、上皇陛下は県民への談話を発表されている。そこには次のような一節があった。

「(沖縄で)払われた多くの尊い犠牲は、一時いっときの行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけて、これを記憶し、一人ひとり、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」

これは、火炎ビンを投げつけたテロリストたちをも抱きしめられるような、真摯で誠実なメッセージだった。

上皇陛下はその後、この時のおことば通り「長い年月をかけて」、「この地に心を寄せ続けて」こられた。皇太子時代に5回、天皇として即位されてから6回、合計で11回もこの地を訪れておられる。