見事な「クギ刺し」で人を動かすトップの言葉

多くのビジネスパーソンのお役に立つに違いないエグゼクティブの名言クギを、2例ご紹介しましょう。

1例目は、林文子横浜市長のエピソードです。どちらかというと保守的で、前例を踏襲したいと思っている人が多いお役人相手に、彼女が話す現場に立会ったことがあります。

まずはにこやかに、とことん相手を褒めます。「皆さんは本当に素晴らしい、文句ありません。本当によくやってくれている。私は皆さんから学ぶことばかりです」というわけです。ここまで聞いて相手はすっかり心を開いて、ニコニコして聞いています。自分たちは市長に大変によく理解されている、と思うからです。

すると、そこで注文が降ってきます。声の調子が変わり、「そこで皆さん、もっと市民の側に立ったサービスをしましょう」。彼女のクギは、「従来のやり方を変えて、気さくに市民に話しかけよう」という提言だったのです。

プライドの高いお役人を上手に巻き込んだ、素晴らしい「性格別クギ刺し」の1例でした。

2例目は私の手痛い失敗談で、クギ刺し名人は先頃亡くなった、当時アサヒビール社長だった樋口廣太郎さんです。以前にビジネス誌の対談でお会いしていたのですが、そのときは2回目で、私からあるお願いがあったのです。

「近年のグローバル化の中で、日本人の自己表現能力養成のため、国際パフォーマンス学会をつくりたい。ついては、初代会長に就任してほしい」と、私は樋口さんにどんどん自説をまくし立てました。

その間、「ふむ」とか「はあ」という、ため息程度の声しか聞こえてきませんでしたから、さらに続けていたら突然、「優れた人間に同じことを2度言うな!」と一喝されたのです。私は「エッ」とビックリして息が止まりそうになり、後悔の念で青くなりました。

結果的には「君の熱意はわかった」と、1年間の会長を引き受けてくださいましたが、私にとって、このズキリと胸に痛みが走るような注意を受けたことは今も大切な教訓です。前のめりになって自説ばかり展開する私の悪い性格を樋口さんは見抜いて、強いクギを選ばれたのです。

しかも、こちらとしては途中、樋口さんをよく観察して、ところどころで興味深そうに私の顔をチラチラ見ている変化に気づくべきでした。その表情変化は、「関心はちゃんと持っているよ」というサインだったはずです。それを見落として、ただただ先を急いでいたアホな私への見事な「愛ある教訓のクギ刺し」でした。