自己啓発の「導き手」となったスポーツ選手
さて、ベストセラーを導きの糸として、スポーツ関連書籍の動向をみてきました。このジャンルの書籍は果てしなく刊行が続いているので、ベストセラーや代表的な選手、監督の著作しかみることができませんでしたが、次のように整理することができるでしょう。
まず監督や指導者の書いた本からみていくと、そこにはそのときどきのあるべき指導者像、指導の対象となる若者観、教育論が濃縮されたかたちで示されていると考えられます。そのあり方は、毅然とした管理者たるべし、という時代から、若者気質に寄りそってコミュニケーションを重視する、というように趨勢が動いているといえそうです。
選手による著作は、ここ数年の間に、「自己啓発化」が進んだと考えられます。自伝によって「生きざま」を語り、自由に読者がそこから教訓を引き出すという時代から、名言がピックアップされた啓発書として著作が作られ、また選手自身も積極的に自らの自己啓発法について語る、というような傾向が強まっていると考えられます。こうして、私たちの最も身近な有名人、成功者としてのスポーツ選手は、現代における、自己啓発の世界への導き手、「アクセス・ポイント」になっているのだと考えられました。
ところで、なぜスポーツ選手と自己啓発は結びつくのでしょうか。私の仮説的な見解は、私たちの人生、特に仕事における成功が「個人化」したことに関連している、というものです。つまり、終身雇用制がかつてに比して揺らぎ、企業という大樹に全身をあずけることが難しくなっている今、また情報化、グローバル化、規制緩和等の状況変化によって業務内容や仕事の進め方がつねに流動する今、全体として人々の仕事のあり方は「個人プレー」の様相を強めていると考えられます。このような状況で、自らの能力を高め、メンタルを調整し、最大のパフォーマンスを発揮することによって成功を収めるスポーツ選手が、現代における新たなロールモデルとして注目を集めているのではないかということです。
また、こうした選手はそれぞれ、何らかの輝かしい成功を収めているということも重要だと考えられます。スポーツにおける劇的な成功、勝利の瞬間がもたらす高揚感と一緒くたに、その自己啓発的な物言いは消費されているのではないかと考えられるのです。社会学者の宮台真司さんは、自己啓発書を「読んでいる時だけ元気になって、いずれ効用が切れる“スタミナソング”」だと述べていました(『サンデー毎日』2009.9.27「『勝間』『香山』どっちをとる?」117p)。つまり精神的な意味での栄養ドリンクなのだ、と。こう考えるとき、今日のスポーツ関連書籍から発される自己啓発的なメッセージは、なかでも特に強い効能をもって読者を元気づけるものといえるかもしれません。ただ、自己啓発的なメッセージに元気づけられているその瞬間において、一人の成功者が「あきらめなければ夢は必ずかなう」と言えるまでの道すがら、数多の人々が同じ夢を追い、しかし夢破れ、涙を飲んだのだろうということはしばしば忘れがちになるのですが。
ところで、ふと気になるのは、現代を生きる私たちは、そもそもなぜスポーツ選手のように自らを奮い立たせ、自らの能力を最大限に高める必要があるのかということです。そうでもしなければ世の中を渡っていけないということだとしたら、スポーツ選手の著作が多く売れるような世の中とは、その一見した華やかさとは裏腹に、苦しい状況にあるといえるのかもしれません。
さて、第12テーマは全体のまとめになるので、具体的な素材をとりあげて論じるのは次テーマが最後になります。テーマは「就職対策本」です。
『心を整える。――勝利をたぐり寄せるための56の習慣』
長谷部誠/幻冬舎
『超訳 ニーチェの言葉』
白取春彦/ディスカヴァー・トゥエンティーワン
『本田宗一郎 夢を力に――私の履歴書』
本田宗一郎/日本経済新聞社
『幸せを呼ぶ孤独力――“淋しさ”を「孤独力」に変える人の共通点』
斎藤茂太/青萠堂『勝間和代のインディペンデントな生き方 実践ガイド』
勝間和代/ディスカヴァー・トゥエンティーワン『準備する力――夢を実現する逆算のマネジメント』
川島永嗣/角川書店『泣いた日』
阿部勇樹/ベストセラーズ『大和魂』
田中 マルクス闘莉王/幻冬舎『察知力』
中村俊輔/幻冬舎『不動心』
松井秀喜/新潮社『イチローは「脳」をどう鍛えたか――結果を出し続ける人の「進化の習慣」』
西野仁雄/経済界『イチローの哲学――一流選手は何を考え、何をしているのか』
奥村幸治/PHP研究所
『イチローの流儀』
小西慶三/新潮社