これから日本企業が勝ち残るには、なにが必要なのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「『売る企業』から『支える企業』への転換を成功させたアメリカの農業機械メーカー・ジョンディアが参考になる」という――。

“常識破り”のアメリカ製造業

2025年1月の米CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)において、筆者の心を最も震わせたのは、きらびやかな最新ガジェット群ではなく、アメリカの農業機械メーカー・John Deere(ジョンディア)のトラクター群だった。

その理由は物理的な大きさではない。同社が、“農業機械メーカー”という既存の枠組みを遥かに超越した、緻密かつ壮大な未来戦略を示していたからだ。

2025年1月9日、米国ラスベガスで開催されたCES 2025でのジョンディアの展示。
写真=Artur Widak/NurPhoto/NurPhoto via AFP/時事通信フォト
2025年1月9日、米国ラスベガスで開催されたCES 2025でのジョンディアの展示。

アメリカの製造業精神を体現する存在

ジョンディアは1837年の創業以来、アメリカ中西部の広大な農地開拓の歴史と共に歩んできた、まさにアメリカ製造業の魂を体現する企業だ。その緑と黄色の特徴的なカラーリング、躍動する鹿をモチーフとしたロゴマーク、そして「Nothing runs like a Deere(ディア社の製品ほど走るものはない)」という広告コピーは、アメリカ国民のDNAに深く刻み込まれている。

同社の2024年度の売上高は約515億ドル(約7兆円)。その事業領域は、トラクターやコンバインといった農業機械にとどまらず、建設機械、林業機械、さらにはドローンやエンジンといった基幹部品にまで及ぶ。もはや、米国のみならず、世界の農業およびインフラ分野における産業インフラそのものを供給する巨人と言っても過言ではない。

特筆すべきは、その圧倒的な研究開発投資である。年間2000億円を超える資金を投じ、AIを活用したピンポイント除草技術「See & Spray」や、完全自動運転トラクターといった最先端テクノロジーを次々と現実のものとしている。こうした革新性から、ジョンディアは近年「農機のアップル」とも称され、米国製造業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の輝かしい象徴として、世界中から熱い視線を浴びているのだ。それは、単に古い産業が新しい技術を取り入れたという次元の話ではなく、産業構造そのものを変革しようとする野心的な試みなのである。