「愛子天皇」待望論の正体とは何か。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「すでに多くの国民は、男性が天皇に即位することを望んでいない。『愛子天皇』待望論とは、女性天皇待望論である」という――。

愛子さまを際立たせた「新春 皇室の窓スペシャル」

今回は、「愛子天皇」待望論の正体について考えてみたい。まずは、それに気づいたきっかけから述べていきたい。

テレビ番組のなかには皇室を扱ったものがある。TBS系だと「皇室アルバム」がある。これは1959年から続く長寿番組である。他にも、フジテレビ系の「皇室ご一家」、日本テレビ系の「皇室日記」、それにテレビ東京とBSテレ東が放送する「皇室の窓」がある。

今年、元日の早朝には「新春 皇室の窓スペシャル」が放送された。私もこの番組を見たが、午年ということで、皇室と馬との関係がトピックとして扱われていた。ナビゲーターをつとめる俳優の北村一輝はテレビ東京のアナウンサーとともに東京・世田谷の馬事公苑を訪れていた。

馬事公苑が撮影場所として選ばれたのは、昨年の9月23日、愛子内親王が「愛馬の日」にそこを訪れたからだ。その際に、愛子内親王がポニーの「テンリュウ」を気に入った話はすでに書いた。そのことも番組の中でしっかりと紹介されていた。

番組では、2025年における天皇や皇族の活動が紹介されたが、撮影場所が馬事公苑だけに、愛子内親王がそこでどういった形で馬や、馬とかかわる人々と交流したかに重きがおかれていた。愛子内親王のファンにとっては、正月早々とても興味深い番組を見たという印象を持ったのではないだろうか。

天皇や皇族が馬を乗りこなす歴史的背景

同じ番組の中では、代々の天皇と馬との関係も紹介され、明治天皇の愛馬であった「金華山きんかざん号」のことにも触れられた。その剥製はくせいは現在、明治神宮外苑の聖徳記念絵画館に展示されている。

あわせて、現在の上皇が学習院の高等科の時代に馬術部の主将をつとめていたことも触れられ、若き日の上皇が馬で障害を乗り越えていく場面の動画も流された。かなり高い障害物を軽々と越えていくさまは、上皇が馬術において相当な腕を持っていたことを示していた。私は日頃馬事公苑で馬術競技を見る機会があるので、その点は驚いた。

近代になってから天皇や皇族が馬に親しんできたのは、そこに軍隊との深いかかわりがあったからである。天皇は、日本の軍隊を率いる「大元帥だいげんすい」であった。それを反映し、昭和天皇の3人の弟は皆軍人だった。したがって、天皇や男性の皇族が軍服姿で馬に乗るのは、戦前には当たり前の光景だった。

現在の上皇は1933年の生まれで、戦争が終わった1945年の時点ではまだ11歳であり、軍隊の経験はまったくない。しかし、颯爽と馬を乗りこなす姿からは、明治天皇以来の伝統を受け継いだという印象を受けた。

番組では、上皇がまだ天皇であった時代、上皇后や現在の天皇と馬に乗っている光景も紹介された。その点で、現在の天皇も馬に乗ることができる。ただ、上皇のように、颯爽と馬を乗りこなす光景は、これまで伝えられていないように思われる。私はそこにこそ、「天皇像」の変化が反映されているのではないかと考えたのだ。

新年一般参賀で、訪れた人たちに手を振られる天皇、皇后両陛下と愛子さま
写真提供=共同通信社
新年一般参賀で、訪れた人たちに手を振られる天皇、皇后両陛下と愛子さま=2026年1月2日午後、宮殿・長和殿