真剣勝負のプレゼンテーション。交渉を有利に導くには、
「最初に雑談から入れるかどうか。実はそれが一番大事なことです」
とK.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院主任教授の三谷宏治氏はいう。過不足なく提案内容を伝えるだけではなく、一見無関係なコミュニケーションを交えることで、その後の主導権を握ろうとする作戦だ。
「若手にはなかなかできないことですが、社長なり専務なり先方の意思決定者が入室してきたときに、たとえば『いいお天気ですね』と雑談から入る。天候や時事ネタ、あるいはその日歩いているときに見聞きしたことでいい。ちょっとした話をしながら、当日の提案内容に結びつけていくのです。『約束の時間を1分1秒も無駄にできない』と焦って、いきなり本題に入ってしまうのはもったいない」
なぜ雑談が大事なのか。
「その場で一番偉い人が雑談に応じているかぎり、誰も『早く仕事の話を』とはいい出しません。本来は使う側/使われる側、カネを払う側/払われる側という関係にあるのですが、雑談中は対等で親密な空気をつくることができ、それを相手側の人たちに誇示することができるのです。雑談なので、笑いの要素が入ればなお望ましいですね」
逆に、「若手ならでは」のプレゼンテーションもある。
英文科出身の日本コカ・コーラ元会長 魚谷雅彦氏は企業派遣の留学を夢見ていた。そこで社内留学制度のあるライオン歯磨(現ライオン)を志望し、役員面接にこぎつけた。
「当社を志望する動機は何か?」
「私は御社に入社して、留学したいと思います」
「君は当社で、どういうふうに貢献できると思うか?」
「留学したら貢献できると思います」
この調子で、すべての質問に「留学」と結びつけた答えを返した。役員陣は苦笑しつつも、熱意あふれる若者の弁に耳を傾けたという。
「そのときは留学、留学と、100回くらい唱えたと思います。すると何が起きるかというと、人事部長をはじめ会社の偉い人の間に明確に『魚谷=留学』というイメージが残ります。これもマーケティングなんですよ(笑)」
売り込みたいことを1つに絞った、1点突破型のプレゼンテーションだ。
その後、魚谷氏はめでたくライオンに入社し、通常よりも10年近く早い入社2年目で留学資格試験にチャレンジすることを許された。そして2度目の挑戦で留学資格を得、ニューヨークの名門コロンビア大学ビジネススクールへ旅立つのである。
1954年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、ライオン入社。83年コロンビア大学でMBAを取得。94年日本コカ・コーラ入社、2001年社長に就任、06年より現職。07年7月より1年間NTTドコモ特別顧問を兼務する。近著は『会社は変われる!ドコモ1000日の挑戦』。
三谷宏治 K.I.T.虎ノ門大学院 主任教授
1964年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアを経て、2006年より教育世界に転身。現在は大学教授、著述家のほか、子供、親、教師向けの講演者として活動。近著は『経営戦略全史』。