「銀座に御社のネオンサインがありますよね。あれが虫食いみたいに切れているのをご存じですか。何億円もかけて、うちの製品は不完全であると宣伝しているのと同じですよねえ」
ネオンサインという言葉が現役だったころ、K.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院主任教授の三谷宏治氏は電機メーカーを訪問してちくりということがあった。外から見ると明らかに問題があるのに、セクショナリズムが邪魔をして、すぐには解決できないようになっている。そんな“病状”に気づいてもらおうと、あえてわかりやすい事例を取り上げたのだ。
「おもしろいけど、よく聞くときつい皮肉だよね」
相手にはこう苦笑されるが、正面から問題点を指摘するよりはましである。反発を買わずに問題点を意識させる、なかなか高度なテクニックなのだ。
それとなく苦言を呈するのは厄介だが、人を褒めるのも意外に難事である。
ライオンの新人時代、日本コカ・コーラ元会長 魚谷雅彦氏は泥臭い「同行販売」を重ね、卸業者の懐へぐいぐい入り込んでいくことを得意とした。朝、いつものように大阪にある中堅卸を訪ねると、社長が自分の部屋へ手招いた。
「魚谷君、これ読んでみい」
机の上に、当日のスポーツ新聞が開いてあった。地元・阪神が勝ったという内容で、勝利投手の写真とともに、彼をたたえる大見出しが躍っていた。
「『一球入魂』って書いてありますね」
「君はアホか。これは一球『じっこん』て読むんやで」
急に叱られたのでびっくりしていると、社長は続けてこういった。
「あのな。最近、君にこれ感じるよ。まさに『一球入魂』や」
野暮をいうと、実際には一球「にゅうこん」が正しい読み方である。それはそれとして、社長は以前から手間をいとわない魚谷氏の仕事ぶりに好感を持っていた。しかし、正面きって褒めるのは照れくさいし、親密な感じが伝わらない。そこで、いったん「アホ」とくさしてから最大限の賛辞を送ったのだ。大阪人らしい、粋なやり方であった。
1954年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、ライオン入社。83年コロンビア大学でMBAを取得。94年日本コカ・コーラ入社、2001年社長に就任、06年より現職。07年7月より1年間NTTドコモ特別顧問を兼務する。近著は『会社は変われる!ドコモ1000日の挑戦』。
三谷宏治 K.I.T.虎ノ門大学院 主任教授
1964年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアを経て、2006年より教育世界に転身。現在は大学教授、著述家のほか、子供、親、教師向けの講演者として活動。近著は『経営戦略全史』。