そもそも機知やユーモアによって仕事上のミスを帳消しにすることはできるのか。K.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院主任教授の三谷宏治氏はあっさり「無理でしょう」と切り捨てる。
「あとから言い逃れをして笑わせようとしても、結果は悲惨なことになりがちです。むしろ失敗する前の準備が大切です。失敗しそうなときは、最初に安全網を張っておくのです」
ソフトウエアメーカーが中小企業に情報システムを納入した。ところが稼働初日から何件ものクレームが入る。ある営業マンは、そのことを見越して、納入先の社長に“予言”しておくという。
「社長、楽しみにしていてくださいよ。もうすぐ稼働ですが、そうしたらとたんに『あのシステムはなんだ!』っていうクレームがじゃんじゃんきます。だけど、必ず6カ月経ったら収まります」
その後クレームが発生すれば、営業マンの予言の半分は実現したことになる。するとシステム部門が右往左往するなかで、ひとり社長だけが「なに、6カ月の辛抱だよ」と落ち着いていられるのだ。
「最初に期待値を下げておくのです。そのうえで、予言という『ちょっと上の視点』を与えてあげる。すると、悪いことでも予言が当たればうれしいという心理が働きます。問題が解決すれば、営業マンの信頼性は上がるはずです」(三谷氏)
若いころ日本コカ・コーラ元会長 魚谷雅彦氏が得意先の大物経営者とゴルフをした。その日は珍しいくらい調子がよく、夢中になってスコアを伸ばしていると、大物氏があきれて一言。
「仕事してんの、あんた?」
冗談ではあるが、何割かは負け惜しみが交じっている。常人であれば、ひやひやして夜も眠れないところだ。気遣い不足をどうやって帳消しにするか。
しばらくして再度面会の機会が訪れた。魚谷氏はここで“攻め”に出る。
「いやあ私、あれ以来、1日も仕事していないんですよ。あの日調子がよかったものですから、ゴルフに人生かけようと思いまして練習三昧です」
相手のジョークを受けて、さらに大きなほら話をぶつけたのだ。大物経営者は喜んだ。
「だと思ったよ!」
爆笑のうちに商談が始まった。失敗を帳消しにするどころか得点に変えてしまったのだ。もちろん、相手の人柄や自分との距離感をきちんと把握していないと、それこそ悲惨なことになりそうだが。
1954年、奈良県生まれ。同志社大学卒業後、ライオン入社。83年コロンビア大学でMBAを取得。94年日本コカ・コーラ入社、2001年社長に就任、06年より現職。07年7月より1年間NTTドコモ特別顧問を兼務する。近著は『会社は変われる!ドコモ1000日の挑戦』。
三谷宏治 K.I.T.虎ノ門大学院 主任教授
1964年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアを経て、2006年より教育世界に転身。現在は大学教授、著述家のほか、子供、親、教師向けの講演者として活動。近著は『経営戦略全史』。