※本稿は、中野剛志『入門 シュンペーター』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
政府が大きな役割を果たしているアメリカのイノベーション
アメリカのイノベーションにおいて政府の役割がいかに大きいのかを、鮮やかに示したことで有名な研究があります。それは、2013年にマリアナ・マッツカートが著した『企業家としての国家』(経営科学出版)です。
マッツカートもまた、シュンペーターの流れを汲んでイノベーションを研究する経済学者です。彼女は、シュンペーター的な視点から科学技術政策を研究するサセックス大学科学技術研究部門に所属していた時に、この『企業家としての国家』を発表し、現在は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの教授です。
また、マッツカートはラゾニックとも共同研究を行なっており、同書の謝辞においてラゾニックへの感謝を述べています。2013年、『ニュー・リパブリック』誌は、「イノベーションに関する最も重要な三人の思想家」のうちの一人にマッツカートを選出しています(*1)。
ちなみに、社会学者のフレッド・ブロックも、この三人のうちの一人として選ばれています。
そのブロックが2008年に発表した論文は、アメリカ政府が市場への介入に消極的であるというのは幻想であり、実は、DARPA(国防高等研究計画局)をはじめとする政府機関が、非常に強力な産業政策を行なっていたことを明らかにしたものです。マッツカートも、この論文を参照しています。
アメリカ政府の産業政策を明らかにした思想家
アメリカは、1980年代から1990年代にかけて、通商産業省の産業政策が市場の競争を妨げるアンフェアなものであると日本を激しく批判し、産業政策をやめるよう外圧をかけていました。
それを受けて、日本でも、産業政策は無駄であるとか、市場競争を歪めるので有害であると考えられるようになりました。その結果、通商産業省、そしてその後継組織である経済産業省は、産業政策をやめてしまい、新自由主義的な構造改革に邁進するようになりました。
ところが、その当のアメリカは、日本よりもはるかに強力な産業政策をやっていたのです。しかも、それは、政府が企業に基礎研究資金を助成するというレベルにとどまらず、政府職員が積極的に活動し、民間企業とネットワークを形成し、技術開発の方向性を指示していました。そのことを明らかにしたのが、フレッド・ブロックなのです。
「イノベーションに関する最も重要な三人の思想家」のうち二人が、政府の産業政策がイノベーションの源泉となっていることを最大限に強調した研究者であることは、実に印象的です。