「人生」と「手帳」の距離
さて、「手帳術」と名のつく書籍は、福島さんの次は1997年まで間が空くことになります。それが『西村晃の「生産性」手帳術』ですが、同書の副題に「時間を3倍創り出す法」とあるように、時間管理をメインテーマとするものです。同書は、ニュースキャスターとして多忙を極める西村さんが、「忙しいなかにもいかに自分の自由になる時間を見つけだし、自己啓発に精を出したり、あるいは趣味に打ち込む時間を創るか」(31p)、それを「手帳術」によって可能にしようとする著作です。
西村さんに関して注目すべきは、その手帳への、自己管理への情熱です。毎年9月15日を翌年の手帳を買う「儀式」の日と決め、「手帳を買うことは一年を買うこと、そして人生を買うこと」だと思い入れていること(1-2p)。「手帳を買った夜は興奮してなかなか寝つけない」ということ(2p)。「一日に何回も見る。ひとつ仕事が終わって確認、またひとつ終わってまた確認」、寝る前には手帳をカバンの上に置いて眠り、翌朝は手帳を見ながら身支度をするともあります(98p)。さらに、小さいころから時刻表マニアであることが長じて「自分の日程の『ダイヤ』を組みだした」(187p)、時間管理によって「自分の人生の密度をなんとか3倍にできないか」(205p)といった言及もあります。
このような西村さんですから、同書では手帳とは何かということが熱く語られ続けます。手帳から「自分の歴史」がわかる(3p)。「手帳は人生の縮図だ。過去と現在と未来を見通す羅針盤だ。手帳抜きの人生など私には考えられない。私の横にはいつも手帳がいる」(214-215p)。「人生を変える手帳術」(12p、および第6章のタイトル)という言葉も同書では登場しています。
しかし、西村さんの著作では中長期的な人生設計を立てよう、スケジュールやアイデアの管理を、ポストイット等を使って効率的・効果的に行おうとまでは主張されるのですが、(次週で詳しく見るように)人生を変えるための「手帳術」そのものが示されることはありません。これは、手帳を活用して計画を整え、無駄なく過ごし、仕事の生産性を上げることがすなわち人生の好転を意味すると考えられているためですが、いずれにせよ、これだけの手帳への情熱をもつ西村さんにおいても、人生を変えるための直接的な「手帳術」が示されることはなかったのです。
1990年代、「手帳術」という言葉が産声をあげましたが、まだその著作数は少なく、その用途も概してスケジュール・情報・アイデアの効率的管理を基本線としていました。2000年代に入ると、手帳の用途は一気に拡大し、実に多彩な「手帳術」が乱立することになります。次回は2000年代における「手帳術」のポイント、つまり手帳で夢がかなうと述べる著作の登場について見ていきましょう。
『誰も教えてくれなかった上手な手帳の使い方』
後藤 弘/日本能率協会/1979年
『手帳300%活用術』
日本能率協会マネジメントセンター/2009年