TOPIC-1 最も身近な自己啓発書

書店に足を運ぶと、その大きな一角を「手帳」が占めているのは珍しいことではありません。さまざまな用途、さまざまな色・デザインの手帳がそこには並んでおり、もしここから一つ選べと言われても迷ってしまうほどです。

こうした手帳コーナーのさらに一角に、あるいは自己啓発書コーナーの一角に「手帳術」についての書籍が並んでいることも珍しくありません。こうした書籍は、手帳の使い方だけでなく、手帳の選び方についても懇切丁寧に教えてくれるものです。

今回はこの「手帳術」を扱う書籍をとりあげたいと思っているのですが、その狙いは2点あります。1つは、「手帳術」を扱う書籍は、私たちの最も身近なところにある自己啓発書だということです。手帳という、誰もが持っている道具の見方・使い方を変えるだけで、日々の生活、自分自身、果ては人生までが変わると述べるのが「手帳術」関連書籍です。日常生活が気づいたら自己啓発の実験場になっている、そんな現代社会の状況を考える最適な素材が「手帳術」だと考えるのです。

もう1つは、議論を先取りすることになりますが、今述べた、日々の生活、自分自身、人生が変わるといった手帳の「効用」は、15年ほど前にはほぼ誰も述べていなかったということについて考えてみたいのです。手帳という何気ない道具へのまなざしの変化もまた、自己啓発書から現代社会について考えてみようとする本連載においては興味深い出来事なのです。

ところで、書店にさまざまな手帳が居並ぶようになったのはそれほど昔からではありません。1971年に行われた日本事務能率協会のアンケート調査によると、この当時、手帳利用者が使っている手帳の57%は「名入(ないり)手帳」、あるいは「年玉(ねんぎょく)手帳」と呼ばれる、企業から支給される手帳でした。一方、市販品の手帳を使っていた人は33%に留まっていました(後藤弘編著『誰も教えてくれなかった上手な手帳の使い方』138p)。

また、手帳評論家の舘神龍彦さんによれば、1970年代までの主な手帳は、名入(年玉)手帳であれ市販の手帳であれ、内容は予定欄、日記欄、メモ欄、住所録、出納表、七曜表、度量衡、路線図などでほぼ定まっており、サイズはポケットに入る小型版だったといいます。つまり手帳のバリエーションが乏しかったわけです(『手帳進化論』23p)。