「校正って間違いを探すことじゃないんです」
「校正してください、と言いたくなりますね」
実は境田さんは日本校正者クラブの運営スタッフ。日本エディタースクールで講師もつとめている。
――校正になっていない、ということでしょうか。
私がたずねると、彼が即答した。
「これでは文章のリライトです」
――しかし、誤りを正したつもりなんですが……。
「校正って間違いを探すことじゃないんです」
さらりと否定する境田さん。確かに私は文章の中に間違い、あるいは間違いを生みそうな部分を探していた。
――では、何をするんですか?
「確認するんです。文章の内容ではなく、文字遣いが合っているかどうかを一字一字確認する。合ってるOK、合ってるOK、という具合に一字一字確実に進んでいくんです」
彼は素読みでも指やペンで一字一字押さえながら進むらしい。
「そうしないと、すっと読んじゃうでしょ。ミスがあっても読んじゃう。内容を読んじゃうとミスを見落としてしまうんです」
校正者は思わず「歯噛みをした」
そういえば『いんてる』(第142号 2016年7月8日 以下同)に「ある誤植─―もろちん事件」という記事が掲載されていた。
ある月刊誌の旅行記事のリードに次のような文章が掲載されたという。
実に恥ずべき誤植で、校正者は思わず「歯噛みをした」という。しかし記事の担当者、進行担当、副編集長、編集長、社内校正者、社外校正者、出張校正者のいずれも誤植に気がつかなかったらしい。読者のひとりがパズル応募ハガキの片隅に「違ってますよ」とさりげなく書いたことがきっかけで誤植が発覚したそうで、それがなければ誰も誤植に気がつかなかったというのである。正直に言えば、私もこの記事を読んだ時、どこが誤植なのかわからず、ゆっくり一字一字読み直してようやくわかった。「もろちん」は間違いで、正しくは「もちろん」。私たちは「もろちん」を「きちんと脳内変換して『もちろん』と読み換えていた」のである。境田さんの言う一字一字確認するとはこのことなのだろう。「もろちん」はゲシュタルトとして読むと「もちろん」になってしまう。ゲシュタルトこそ誤りの元になるわけで、校正者はそれを分解して検証するのだ。