実は石橋が入社する以前、同社では女性をターゲットにして、単に歯ブラシの色みを変えてみたものの、市場で受け入れられなかった経験があった。それだけに、「小手先ではダメ。マインドを180度入れ替えなければ、前と同じ失敗につながってしまう」と辰野は考えた。
マインドが理解できたとしても、それを実現するための技術上の細かな問題も山積していた。開発担当は、本体をスリム化するために、従来の7~8センチのリニアモータではなく、思い切って携帯電話などに用いる1センチほどの小さな振動モータを使ってみた。しかしそれだと従来のようにモータで直接歯ブラシのみを振動させることはできなくなる。そこで、振動を発生させるバランサという部品とモータで本体ごと振動させるようにし、本体を手で握っても振動が消えない工夫も施した。モータが小さくなることで結果として静音化も実現した。
しかしいずれにせよモータのパワーは従来品に遠く及ばず、技術者たちの不安はなかなか拭えなかった。石橋らが持ち歩き用に本体にキャップをかぶせるように提案した際も、開発担当からは「スペックを落とした商品でも、キャップをつければ本当に売れるのか?」といった疑問の声が上がった。
確かに、そうした声が出るのも当然という面があった。コンセプトはしっかりしていても、必ず売れるとは限らない。これまでさまざまな家電商品を扱ってきたベテランから見れば不安もあっただろう。
石橋にも「100%大丈夫ですから」と太鼓判を押せる自信はなく、ときには落ち込むこともあった。だが、そんなときは久保や辰野がマーケティング調査資料や流通ルートでの販売戦略などを持ち出して理論武装し、周囲を説得してくれた。3人を中心として、だんだんと理解の輪が広がっていった。