「発達障害を持つ人と地域がつながり合う社会」をめざす

利用者や雇用するスタッフが増え、動かすお金が大きくなると、檜尾さんは限界を感じるようになった。

「20歳で結婚してから専業主婦で、経営なんてまったく知らずに創業してしまっていますからね。困っていたとき、知人からの誘いで経営者団体の大阪府中小企業家同友会に入りました。早速、経営セミナーを受講したんですが、数値目標を決めるときに具体的な数字がまったく浮かばなくて……。思いだけでは経営はできないのだと猛省しました」

利用者に適切な支援を行い、なおかつスタッフに正当な報酬を払う。地に足の着いた経営をするために、檜尾さんはまず、ピュアの経営理念から見直すことにした。スタッフに「みんなで経営理念をつくろう」と提案。1泊2日の合宿を行い、ピュアの5年後、10年後の姿をどうしたいか、ピュアでどんなことを自己実現したいかなどを徹底的に話し合った。

会議をする若い人たち
写真=iStock.com/Natee Meepian
※写真はイメージです

「そこで決まった理念が『私たちは、発達障害の方々と地域がつながり合う社会を実現します』なんです。スタッフが地域や社会づくりまで考えていたことにびっくりしましたね。よし、実現しよう! と私も腹が決まりました」

ピュアがめざすビジョンは言葉だけでなく、イラストでも表現した。幼児期から成人期まで一貫した支援を受けられる施設、クリニックや学校、そして安心して暮らせるグループホームと仕事場となる農園。障害者本人、親、地域の人びと、サービスや商品を購入する人たち、みんなが幸せに暮らせる社会をつくりたいという思いを込めた。

ピュアの拠点として2018年に建設したのが、東大阪市にある4階建ての施設。18歳までを対象とした児童発達支援・放課後等デイサービス、成人した人が仕事やライフスキルを身につける就労継続支援B型、生活介護の場を備える。ピュアの支援の特徴は「見える化」。目で見て覚える能力が高いという発達障害を持つ人の強みを生かし、筆談や絵、写真を利用したやりとりで他者とスムーズなコミュニケーションを図れるようサポートしている。

東大阪ピュア
写真提供=NPO法人発達障害サポートセンターピュア
一からつくった、NPO法人 発達障害サポートセンター ピュアの活動拠点(東大阪市)

この施設の建設は一筋縄ではいかなかった。課題は総額3億円の建設費の工面、そして地域住民の理解を得ること。いずれもハードルは高く、檜尾さんは弱気になることもあったが、自治体や同友会の経営者仲間など、ピュアの活動を後押ししてくれる味方に恵まれた。

「2008年から東大阪市の発達障害児に関する施策づくりに参画し続けてきた実績があったため、費用の約半分は国の補助金を申請できることになり、残りは借入金で賄う目処がついたんです。地域の方々には、ここに根づきたいという思いを誠実に伝え続け、受け入れてもらえました。施設の前の農地を貸してくださる方もいて、利用者のみなさんと野菜づくりができるようにもなって、本当にありがたいです」

2022年には奈良県明日香村に農業を中心とした事業所「あすかファクトリー」を開設。地元自治体の協力で取得した農地で、米や野菜を育てて直売するほか、大学や企業と連携し、農作物を使ったスープなどの商品づくりにも取り組んでいる。

(写真:左)奈良・明日香村に設立した「明日香ファクトリー」。(中)広大な農地と(右)稲刈りに参加する檜尾さん。
写真提供=NPO法人発達障害サポートセンターピュア
(写真:左)奈良・明日香村に設立した「あすかファクトリー」。(中)広大な農地と(右)稲刈りに参加する檜尾さん。

「障害者は一生涯、何らかのサポートを受けながら生きていく。でも、障害があるからといって何もできないわけじゃない。彼らは、本当は自立したい、人の役に立ちたいと思っているんです。明日香村では高齢化で農業に従事する人が減っている中、発達障害を持つ人たちが農業を担い、収入を得ることで自立した生活と地域貢献をめざしています。今後は農園レストランや観光農園などもつくって、地域を盛り上げたいと思っています」