イスラエルにとって最強の敵

では「面」への発展はどうなのか。少し歴史をさかのぼると、イスラエルは1970年代の中東戦争でアラブ諸国を打ち負かしており、以降、アラブは勝ち目がないことを悟り、対イスラエルの戦争は起きていません。

その後、1978年のキャンプデービット合意でイスラエルとエジプトが国交成立に至り、1990年のオスロ合意ではヨルダンと、2020年にはアブラハム合意でアラブ首長国連邦(UAE)バーレーン・モロッコ・スーダンとの間で、イスラエルは国交正常化に至りました。

しかしアラブが勝てないことと、パレスチナの状況が改善されないことは全く関係ありません。パレスチナの人たちからすれば、自分たちを助けてくれるアラブ諸国がいなくなった以上、自分たちで戦わなければならない。そしてパレスチナでは1987年に第一次、2000年に第二次インティファーダ(民衆蜂起)が起こりました。

その後はアラブではなくペルシャのイランが支援をする形で、ハマスと「反イスラエル」同盟を組んでいます。そして同じくイランが支援するレバノンのヒズボラは、2006年にイスラエルとの間で大規模な戦争を起こしており、引き分けています。

アラブ諸国を打ち負かしてきたイスラエルも、ヒズボラには勝てなかった。そのため、イスラエルにとって目下の最強の敵はヒズボラです。

アメリカの発表を鵜呑みにしてはいけない

イスラエルはヒズボラの動向についてはかなり警戒していたのですが、昨年10月にハマスからの攻撃を受けて、完全に虚を突かれてしまった。これがトリガーになって、現在の状況に至っています。

イランよりも距離が近いレバノンのヒズボラとの戦闘が拡大して、「面」の戦いになると、事態がエスカレートする可能性があると先に指摘しました。8月25日にはヒズボラとイスラエルの間で衝突が起きましたが、「大規模報復」「衝突激化」というものではなく、一種のエスカレーションコントロールができている状態と見るべきでしょう。

新刊では、よくある「中東の相関図」を掲載しなかった。それがかえって「理解をさまたげるから」(鈴木氏)という。
撮影=プレジデントオンライン編集部
新刊では、よくある「中東の相関図」を掲載しなかった。それがかえって「理解をさまたげるから」(鈴木氏)という。

――アメリカは何かあるたびに「イランが数日以内にイスラエルへ報復の可能性」などとアナウンスしています。

アメリカの発表をそのまま字義通りに受け取ると事態を読み間違えます。アメリカはアメリカの理屈や利益があって言っていることなのですが、これを「アメリカの言うことはすべて正しい」と信じてしまう人が多いところに問題があります。

日本では「言霊」的に、口に出したら実現してしまうとか、口に出す以上は本当のことだろうというように、言葉が自分や行動を縛るところがありますが、他国にはそうした縛りはありません。言葉と現実の間には一定の距離感があり、誤魔化し、騙すための武器として使われているのが実際のところですから、言葉を字面通りに受け取るのは間違いです。

※編集部註:初出時、ヒズボラの説明に間違いがありました。訂正します。(9月2日14時00分追記)