私が聞いた八王子の怪現象

たとえば、私の地元でもある東京・八王子には、稲川淳二の怪談「首なし地蔵」によって有名な心霊スポットになった道了堂跡という場所があります。

少年時代、放課後、道了堂跡をひとりぼっちでうろうろしていた。すると、藪のなかからニュッと長い腕が出てきて腕をつかんだ。氷のように冷たい感触から、それが人間の腕でないことはすぐにわかった――。

そんな怪異体験を聞かせてくれた男性がいました。

私は、不思議に思いました。そもそもなぜ、あんな寂しい場所にひとりでいたのか。

気になって聞いてみたところ、こんなことがわかりました。

彼は、昭和50年前後の八王子が新興住宅地として開発されだした時期に、都心から引っ越してきた。しかし地元の子どもたちに馴染めず放課後はいつもひとりで過ごしていた。

ただ親には心配をかけたくなくて、いつも「友だちと遊んでいた」と話していたんです。

こういう思い出話を汲むことで、単に心霊スポットで不思議な体験をしたというだけの話ではなくなります。昭和中後期の社会情勢や郊外の宅地開発、引っ越したばかりで仲間に入れない少年の複雑な心情が、怪談の背景に投影されるのです。

実体験には、当然、当事者がいます。そして土地には、歴史があり、人の暮らしや情念と無関係ではありません。

例として真っ先に思い起こすのが東日本大震災の被災地です。かの地では、ご遺族が犠牲になったご家族の霊と再会したという不思議な話が少なくありません。

けっして「怪しい」「怖い」だけではない

拙著『僧の怪談』で取り上げた石巻市にある石巻大日尊は、津波によって本殿や母屋が家財道具や仏具もろとも流失しました。住職は被災直後から、地元の檀家さんたちがお参りできるように、と流された仏具を一生懸命に探し求めました。

ほどなくして数珠や鐘楼、仏像などほとんどの法具が奇跡的に見つかって、法務が再開できるようになった。なのに、なぜか住職と妻と跡取り息子の守り本尊である3体の仏像だけが、どうしても見つからない。そのことを地元の人たちは「守り本尊がご住職たちの身代わりになってくれたんだ」と受け止めるようになったそうです。

怪談は、当事者の方々にとって大切な物語にもなりえるのだなと実感した一件です。

川奈まり子『怪談屋怪談』(笠間書院)
川奈まり子『怪談屋怪談』(笠間書院)

戦争にまつわる怪談もそう。

第二次世界大戦を経験したのは、私の祖父母世代です。当事者の方々は高齢になり、ほぼ、お亡くなりになっていますが、父や母の世代が、その話を一種の怪談として記憶していることがあります。

招集された夫が妻の夢枕に立った。のちにその瞬間に夫が戦死していたと知る、なんていう話は本当に多い。

戦争の怪談で語られるのは、戦死した夫や息子、空襲などで亡くなってしまった家族など大切な思い出や記憶でもあります。

ご遺族や関係者の思いが深いからこそ、怪談として長年語り継いできたのでしょう。