精密機械部品の検査は“天職”
久しぶりに身につけようとネックレスを手にしたら、チェーンが絡まっていた。絡まりをほどこうとしてもうまくいかず、出かける時間が迫ってきてイライラ……。こんな経験をしたことがある人は多いのではないだろうか。田中さんは小学生の頃、この絡まりをほどくのが得意で、困っている人がいないかと近所をまわって歩いていたそうだ。
「とにかくピンセットが大好き。ピンセットを使って絡まりを崩していくこととか、編み物や刺繍などの細かいこともとにかく好きでした」
高校を卒業すると、セイコーエプソンの子会社に就職した。セイコーエプソンの本社は諏訪市にあり、市内には関連会社が多い。田中さんは「家から近い」という理由で就職したが、それが「精密機械部品」との運命の出会いになった。
腕時計の細い針などの部品を一つずつ、ピンセットを使いながら顕微鏡で検査するのが楽しくて、社内で開かれた技能検定では、顕微鏡とピンセットの2部門で優勝した。
「検査って不思議なものなんです。一度判断がつかなくなって迷い始めると、1時間でも2時間でも延々と悩んでしまう。でも私は、ぱっと見た瞬間に良い悪いの判断ができる。製品をジャッジするのが得意で、『あ、精密が天職なんだな』と思いました」
「失明する」と言われて退職
しかし、入社して1年後に交通事故に遭う。事故の記憶はあまりないが、後ろから追突されてフロントガラスが割れたようだ。病院では「左目が失明する」と言われた。
もう、精密の仕事はできない……。会社を辞め、自宅で療養することにした。当時交際中だった今の夫に「こんなんだったら生きている意味がない」と悲しみや憤りをぶつけたこともあったという。
しかし、諦めずに治療を続けるうちに視力が回復。結婚し出産した後、自宅でできる内職を始めた。最初に取り組んだのは目に負担がかからず、幼かった子どもに危険がないようにと、大きめの部品を組み立てる仕事。しばらくすると、的確で丁寧な仕事ぶりが社長の目に止まり、パートとして会社に入ることになった。その頃には左目もすっかり良くなっていた。