デフレ不況期のマンパワーを基準とした制度設計
不況期には介護職あるいは医療・リハビリ職が労働市場でダブついた人材の受け皿として一定の役割を果たしたことは事実だ。それ自体は功罪どちらの面もあっただろう。強烈な就職氷河期に、介護や福祉の仕事があったおかげで食いつなげたという人もいる。
「介護崩壊」が現実味を帯びてきてしまった最大の原因は結局のところ、デフレ不況期という特殊な経済状況だから吸収できたマンパワーの規模を基準にして(つまり今後もその人員がずっと維持されることを前提にして)日本社会の「高齢者福祉」の基本的な制度設計を組んでしまったことだ。
この楽観的すぎる制度設計は、突如としてやってきたインフレと人手不足によってみるみる崩壊して成り立たなくなってしまった。
起こったこと自体は「好況期には、人材はよりよい待遇をもとめて移動する」という経済学で説明される初歩的な現象でしかないのだが、どうやら「失われた30年」という年月は、そのようなごく当たり前の事実をすっかり忘れさせるには十分な長さを持っていたらしい。
このまま行けば2040年までに「介護崩壊」が起きる
2040年ごろの要介護者のニーズを満たすためには、いまより60万人近い介護人材の増員が必要という推計がある(日本経済新聞「介護職員、40年度までに57万人の増員必要 厚労省推計」2024年7月12日)。あくまで推計とはいえ馬鹿げた数字としか言いようがない。なぜなら2040年ごろに世に「新卒」として送り出される18~22歳くらいのフレッシュな人材はそれこそ60万人前後になるからだ。ありえない仮定だが、かれら全員を介護職にしなければマンパワーを充足できないほどの深刻な状況がどうにかなるはずがない。
介護職員の高齢化はすでに深刻な水準で進んでおり、若い人材の採用が急務となっているが、これから「若い労働力」をあらゆる業界が奪い合う構図がますます激化する。少子化・高齢化が加速し、物価高と円安が加速していく流れのなかでは、就労先として介護業界はますますその訴求性を失っていく。かりに介護報酬をいくらか積み上げて、多少の賃金改善が政治的に達成できたとしても、やはりそれでは他業種との人材競争に負け、根本的な人的リソースの供給不足を改善することは不可能だろう。
このまま現状の推移を見守るシナリオで行けば、「介護崩壊」は2040年までには確実に起こる。それは若者人口の絶対数が乏しい僻地から順番に発生していくことになる。では、もはや解決策はないのかというと、必ずしもそうではない。
徴兵制ならぬ「徴介制」がやってくる
つい先日のSNSでは、役所が社会福祉協議会と連携し、足腰が弱っている高齢者のゴミ出しを近隣の中学生に「ボランティア」として代行するよう要請する事業を行っている事例が紹介され、これが激しい批判を受けて炎上していた。「ただ働きさせるな」「実質的な強制労働だ」と非難の嵐であった(参考:J-CASTニュース「『中学生に働かせるな』ゴミ出しボランティアに異論 高齢者宅向けで募集、募集団体に意義を聞いた」2024年7月11日)。
しかしながらこれは単なる「自治体のやらかし」系の炎上案件ではない。本当にもはやこれしか解決の糸口が見いだせない地域はこれから世の中にどんどん出てくることになるからだ。……そう、解決策とはすなわち、徴兵制ならぬ「徴介制」である。
たとえば若年層に一定期間、斟酌すべき特段の事情がないかぎり、介護もしくはそれを補佐する地域活動への参画を「ボランティア」という名目で実質的に義務づけることができたとする。そうすれば、認知症高齢者1000万人に対して新卒の若者が60~70万人前後になる2040年代の絶望的な超高齢社会でも、介護・福祉リソースの決定的破綻を回避することは可能だ。