伝統や文化はどのように守っていけばいいのか。桃山学院大学の大野哲也教授は「文化や伝統は、創造と変化を繰り返している。起源の歴史をたどれば、そのことがよくわる」という――。

※本稿は、大野哲也『大学1冊目の教科書 社会学が面白いほどわかる本』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

高知よさこい祭り2005
高知よさこい祭り2005(写真=工房 やまもも/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

「タータンチェック柄のスカート」は一企業の作業着だった

スコットランド文化の一つに、男性が着用するタータンチェック柄のスカートがある。現代社会では主に女性ファッションのアイコンであるスカートを男性が着るので、違和感を伴って見覚えがある人も多いのではないか。いまでは世界中の人たちがスコットランドの伝統として了解しているこの衣装は、じつはきわめて新しい時代に創造された発明品であることがわかっている。

1600年代、スコットランド人は上半身から膝までを覆うコートを身につけるようになった。軍では、将校はズボンを着用していたが、一般兵は肩からかけた布で全身を包み、ウエスト部にベルトをして留めていた。布の丈がそれほど長くないうえに裾がスカート状になっていたので、何かの拍子に内側がすぐに丸見えになった。一般的には「ベルトつきの肩かけ」と呼ばれていた。

社会的には圧倒的に認知度が低いスタイルが1700年代に、突如社会にデビューする。この衣服に興味を抱いたイングランド人の実業家トマス・ローリンソンが、自身が経営する鉄工場の作業着として採用したのだ。ただし「ベルトつきの肩かけ」というデザインのままでは、溶鉱炉での作業に支障をきたした。そこで彼は肩掛けの部分とスカートの部分を分離して、スカートにはプリーツ(ひだ)を新たに付け足した。

こうして作業服としての「小キルト(タータンチェック柄スカート)」が誕生した。地域社会の「普段着」を作業着化することは、現地社会の人びとを工場へと誘引する効果があった。

禁止されたことで「スコットランド社会の伝統」に昇華

なぜ一企業の作業着がスコットランド社会の伝統に昇華したのだろうか。

1745年、フランスに亡命していたチャールズ・エドワード・スチュアート(1720~1788)が王位奪還を目指してイギリス政府軍と戦った、いわゆる「ジャコバイト蜂起」は、結局政府軍の勝利で終わった。そして政府はスチュアート側に加担したスコットランドを罰するため、当該地方の文化である「タータンチェック柄」や「肩掛け」などの衣服の着用を禁止した。この法令は35年間も効力を持ち続けた。

こうして禁止されると、スコットランド社会の文化的象徴としてかえって真正化され、正統性を帯びることになった。「長期間禁止しなければならないほど、重要な意味と価値がある」と解釈することができるからだ。

その後タータンチェック柄のスカートは、軍服としての採用が検討されたり、貴族などの上流階級によって「先祖の衣服」として着用されたりと、伝統として定着していった。普段着や作業着であった過去は忘れ去られたのである。