あの倒壊した7階建てビルは今なおそのままだった

北陸3県(富山・石川・福井)は「真宗王国」と呼ばれ、浄土真宗系寺院が他宗寺院の数を圧倒している。それは、室町時代に入って、本願寺中興の祖である蓮如が越前(福井県)・吉崎の地に道場を開き、北陸における布教に心血を注いだことで一気に教線が拡大したからである。なかでも、能登地方は真宗大谷派寺院が多い。

言い換えれば、真宗大谷派は深刻な状況に陥っているということだ。能登の取材中、災害支援物資を運ぶために、宗門が派遣した車両が慌ただしく行き交っていた。

真宗大谷派は、能登教区にある353カ寺中、何らかの被害が報告された寺院は321カ寺(被災割合91%、真宗大谷派調べ、3月7日現在)にも及んでいる。うち、本堂・庫裡が大規模な被害を受けたのは141カ寺。被害の全容でいえば、真宗大谷派だけで856カ寺にも上る。真宗大谷派の総寺院数は8565カ寺なので、およそ1割が被災したことになる。これは、教団運営にも影響するレベルだろう。宗門にとっては17世紀に本願寺が東西分裂して以降、最大の法難といえるかもしれない。

真宗大谷派に次いで被害が大きかったのは、浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)だ。518カ寺に被害があった。日本最大の宗派で、福井県に総本山永平寺がある曹洞宗では、石川県内だけで110カ寺が被災した。

黒島の高台にある真宗大谷派の福善寺は、鐘楼堂などが倒壊していた。本堂にはビニールシートが被せられていた。能登半島地震では、梵鐘を吊り下げている鐘楼堂が倒れる被害が相次いでいる。重い梵鐘が強い揺れによって左右に振られ、一方向に力がかかって倒壊してしまったと考えられる。

福善寺も大きなダメージを負った
撮影=鵜飼秀徳
福善寺も大きなダメージを負った

若宮八幡神社もコンクリート製の鳥居が倒壊していた。若宮八幡神社では毎年8月、無形民俗文化財に指定されている黒島天領祭が実施される。天領祭は江戸時代から続く伝統行事だ。総輪島塗、純金箔仕上げの曳山が集落を廻る。近年は、地域外からの学生ボランティアを集め、祭りを継承していただけに、今後のことが懸念される。

鳥居が倒壊した若宮八幡神社
撮影=鵜飼秀徳
鳥居が倒壊した若宮八幡神社

輪島の市街地はひどい有り様だった。震災直後のテレビニュースで、横倒しになった姿が映し出されていた、かの7階建てビル。震災から2カ月が経過しても、そのまま路上に残されていた。

輪島の倒壊したビルはそのままになっていた
撮影=鵜飼秀徳
輪島の倒壊したビルはそのままになっていた

大規模火災によって約5万平方メートルが焼け、約300棟が被災、死者・行方不明者10人を出した輪島朝市通り一帯。焼けて真っ赤な錆で覆われ、原型を留めない自動車があちこちに転がっていた。飴のように溶けたガラスが、地面を這っている。当時の猛火の情景が、ありありと伝わってくる。まるで、空襲に遭ったようなありさまだ。