10歳の絶望
母親の愛情が自分にないと悟った猫田さんは、祖母に「お父さんに会ってみたい」と懇願した。猫田さんがかわいそうになった祖母は、父親の実家に相談してくれた。
「息子は今新しい彼女と交際中で、邪魔されたくない」
「会いたいのは分かるが、なぜ母親でなく祖母が電話してくるのか?」
電話に出た父方の祖母は、そう言って訝しがる。祖母は父親に会わせることを諦め、養育費が3歳から振り込まれていないことだけ伝え、電話を切った。
水商売の仕事が順調な母親は、何万円もする下着や化粧品、ブランドバッグなどを購入し、海外旅行に出かけるなどして豪遊していた。母親は自分が使うものにはお金を出し惜しみしなかったが、猫田さんには一銭も出さず、養育費は祖父母が賄っていた。
ところが母親が30代になってしばらくすると、勤め先の店で急激に人気がなくなり、収入が激減。母親は水商売を辞めて派遣会社に登録し、IT系の会社で働き始めた。
母親の愛情が自分にないと悟ったはずの猫田さんだったが、10歳になったある日、「私、ママの家でママと暮らしてみたいの!」と母親に打ち明けた。
すると意外なことに、「いいわよ。ちょっと考えてみようか」と返答。その場にいた祖母は、複雑な表情をしていた。
母親の家で一緒に暮らすとなると、猫田さんは転校する必要がある。昼間働いている母親は、働いていない祖母ほどしっかり家事はできない。それでも猫田さんは、母親と一緒に暮らせるならできる限りのことを頑張ろうと思っていた。
祖母は、「奈理子ちゃんがどうしてもママと住みたいならお祖母ちゃん賛成よ。でも、何かったらすぐに電話してきなさい。いつでも帰ってきてもいいんだからね」と言ってくれた。
孫が生活する環境を偵察したいと考えていた祖母は、「私があなたの家まで奈理子を送って行くから、次の長期休暇に予行練習をしてみるのはどう?」と提案するも、母親は、「お母さんは絶対来ないで!」と拒絶。
祖母が来ることを頑なに拒む母親が理解できず、猫田さんは祖母にたずねた。「ねえお祖母ちゃん、どうしてママはお祖母ちゃんは来ちゃダメって言うの?」
すると祖母は、答えにくそうに言った。
「奈理子ちゃんがショックを受けると思って今まで言わなかったんだけど、ママの家に行ったらわかっちゃうから言うわね。ママは男の人と一緒に住んでて、家にお祖母ちゃんを入れたくないのよ」
「祖母は母が彼氏と同棲していることを知っていたので、私を母の家で生活させたら“彼氏に何をされるかわからない”ということを心配していたのです。私はこの瞬間、母は“母親”ではなく、”女“であったと理解しました。子育てもせず、娘の寂しさや苦労も知らずに、自分はずっと男と遊んでいたのだと知り、絶望しました」
その後、猫田さんは、「男の人がいるならママの家には行きたくない。男の人がいなくなれば行きたい」と言うと母親は激怒し、祖父母の携帯電話番号を着信拒否にした。猫田さんは自分よりも彼氏を選んだ母親に嫌悪感を抱き始め、母親の彼氏を恨めしく思うようになっていった。(以下、後編に続く)