ガレージに停まるピカピカの黒いベントレー
当初の情報はあいまいだった。家主の名前はエモン・ボッドフィッシュ。シカゴの有名な銀行一家出身の56歳の隠遁者だった。その日、ボッドフィッシュは精神科医との約束に姿を現わさなかった。医師から連絡を受けた親戚が朝9時に家に行き、彼が室内で死んでいるのを見つけた。最初に臨場した警察官は、被害者の財布内にあった身分証明書を確認し、それがボッドフィッシュの遺体だと断定して報告した。
事件が起きた616番地は、サンフランシスコ郊外のオリンダ、マイナー・ロードを5キロ弱進んだ丘の上にあった。林によって建物は視界から完全に遮られており、あやうく通り過ぎるところだった。敷地内には数エーカーの林が広がり、急な傾斜のドライブウェイの終わりに、老朽化したランチハウス様式の家が建っていた。ガレージに停まるピカピカの黒いベントレーは、これが典型的な事件ではないという警告だった。
チームの面々はさっそく作業に取りかかり、家の外側の様子を記録し、侵入された形跡がないかドアや窓を調べ、靴跡や指紋を採取する準備を進めた。一方の私は、キャリアのなかでいちばん奇妙な事件に向かって歩き出していた。それは、20年以上たったいまもなお、悪夢のなかで私を追いかけまわす事件だった。
遺体のある部屋から聞こえる妙な音
主任刑事から説明を受けたあと、シャッターが開いたままのガレージに行った。高級車のことはあまりくわしくなかったものの、ベントレーは超富裕層のみが手にできる贅沢品だと知っていた。
ガレージからキッチンに通じる扉が少し開いており、ブーンという妙な音が聞こえてきた。電気系統の故障か何かだろうと考え、扉を開けて室内に入った。キッチンは小ぎれいで整理整頓されていた。棚に置かれたスキャパのスコッチウイスキーの瓶にメモが貼られ、手書きで「ドルイド教の所有物、手を触れるな。神からの盗みは、不運をもたらす!」と書かれていた。なんておかしなメモだ。
キッチンから中世風の大きな居間に行くと、ブーンという音がさらに大きくなった。壁は暗色の羽目板張りで、暖炉の上には聖杯が並び、窓には重厚な赤いベルベットのカーテンがかかっている。天井の照明具は、怪しげな仄暗い光しか与えてくれない。強烈な悪臭がただよっていたが、腐敗臭だとすぐにわかった。鼻を衝く、不快なほど甘いにおい。死臭だ。
死臭が充満した場所に行くと、そのあと何日ものあいだ服、髪、さらには車内にもにおいが染みついてしまう。死体と同じ空間で過ごしたあとに誰かと接するとき、自分のにおいのせいで相手に不快な思いをさせているのではないかと心配になることがある。