死んでいるはずの遺体が動いた

右側を見ると、乱雑に広がるペルシャ絨毯の上に死体が仰向けに横たわっていた。そのまわりに、無数のハエが集っている。なるほど、これが音の正体か。額のほうにハエが飛んでくると、私は手で振り払った。

死体の横の本棚と床に血が飛び散り、乾いてこびりついていた。被害者の服装に眼を引かれた。白いボタンダウンのワイシャツが、茶色のコーデュロイのズボンのなかにたくし込まれていた。茶色の編み革ベルト、古い革のハイキング・ブーツ。顔と手が青黒く変色していたため、37℃以上の暑さのなか死体が数日にわたって放置されていたことがわかった。

血を流して地面に倒れる被害者
写真=iStock.com/Motortion
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エモン・ボッドフィッシュだと思われる男性は、過剰なほど棍棒で殴られていた。鈍器による頭部の外傷は苛烈で、歯の一部が折れてシャツの上に散らばっていた。

観察記録を書こうとしていたときだった――ちょっと待て! 遺体をまたいだとき、顔が引きつっているのが見えたのだ。横たわった体は微動だにしないものの、頬が動いていた。私は思わず体をうしろに引いた。ありえない! 生きているはずがない。

一呼吸置いてから、ひざまずいて近くで見てみた。私が見た動きは、顔に湧いたうじ虫だった。殴られてできた頭の裂け目に、大きな青いハエが卵を産みつけていた。そのタイミングで私は、「心を決めて、やるべきことをやるしかない」と自分に言って聞かせた。

テレビドラマでは絶対に描かれない光景

昆虫の幼虫の成長段階は死亡時期を推定する手がかりとなるため、昆虫学者による分析用に提出する試料が必要になる。私は遺体にまたがって片膝をついた不安定な姿勢になり、被害者の顔に自分の顔を近づけた。粘着シートを使って体の露出部から証拠の痕跡を採取し、それから幼虫と生きたハエをつかみ取り、異なる種の虫をべつべつの小さなガラス容器に入れた。

それらは一般にはけっして公開されることのない不快な詳細であり、この仕事の輝きをくすませるものだ。テレビドラマには、LL・クール・Jやクリス・オドネルが腐敗した死体から昆虫の幼虫を拾い上げる場面など出てこない。

捜査官として働くあいだ私は、それを残酷な作業というよりも、研究所の実験のようなものだと考えていた。しかし、私の潜在意識のなかでは話はちがった。

いまでも繰り返し見る夢がある。ボッドフィッシュの家にいる私は室内を見まわし、絨毯を持ち上げ、床に跳ね上げ戸があるのを見つける。戸を引っぱり上げ、身を乗り出し、地下に何があるのかたしかめようとする。

焦点が定まらないうちに、かち割れて虫が湧いたボッドフィッシュの顔が階段をこちらに駆け上がってくるのが見える。そして、自分のあえぎ声に私は眼を覚ます。