県民を巧みに味方につけた「命の水」発言

静岡県のリニア騒動の発端は、川勝知事の「湧水全量戻し」の要求だった。

当初、ほとんどの県民が川勝知事の「命の水を守る」という「湧水全量戻し」を強く支持した。

JR東海は2013年9月、リニア工事に伴う環境影響評価準備書で「リニアトンネル工事で大井川上流部の流量が毎秒2立方メートル減少する」と予測した。

流量減少の予測に不安を抱いた流域市町の首長らの要望を受けて、静岡県は「トンネル湧水を大井川へ戻す方策」をJR東海に求めた。

JR東海は2017年1月ごろ、リニアトンネルから約5キロ下流の大井川の椹島さわらじままで導水路トンネルを設置して、流量減少の毎秒2立方メートルのうち、1.3立方メートルを回復させ、残りの0.7立方メートルは必要に応じてポンプアップで戻す方策を説明した。

導水路でトンネル湧水が戻される椹島付近の大井川(静岡市)
筆者撮影
導水路でトンネル湧水が戻される椹島付近の大井川(静岡市)

JR東海が「全量戻し」を表明しなかったことに、川勝知事は「大井川からの水道水を利用する62万人の生死に関わる。全量戻してもらう」「ルートを変えたほうがいい。水が止まったら、もう戻せない。62万人の命の水を戻せ」などと強い怒りの声を上げた。

京都出身の激しい物言いで、静岡県の利益を守ると主張するから、多くの県民が川勝知事に期待感を寄せた。

県民からの支持を受けて、リニア問題を論ずる際、川勝知事は「62万人の命の水を守る」を必ず口にして、その厳しい要求を続けた〔※拙著『知事失格』(飛鳥新社)は、「62万人の命の水」の嘘を詳細に紹介した〕。

この結果、JR東海は2018年10月、「原則として湧水を全量戻す」と表明した。

作業員の命よりも「県民の水」を優先

ところが、川勝知事は「全量戻し」のゴールポストを動かしてしまう。

「原則として湧水を全量戻す」というJR東海の表明に対して、静岡、山梨県境付近の工事で県外流出する湧水の全量も含まれるという非常に困難な「全量戻し」を突きつけたのだ。

南アルプス断層帯が続く県境付近で、JR東海は、静岡県側から下り勾配で掘削すると突発湧水が起きた場合、水没の可能性が高く、作業員の生命の安全を踏まえ、山梨県側から上り勾配で掘削すると説明してきた。

約10カ月間の県境付近の工事で、全く対策を取らなければ、最大500万立方メートルの湧水が静岡県側から山梨県へ流出すると推計した。

この全量戻しは、下流域の水環境への影響とは全く関係ない。

どう考えても、作業員の生命を優先するべきだが、川勝知事は「静岡県の水は一滴も県外に流出させない」「湧水全量戻しができなければ、工事中止が約束だ」などと脅した。