一人がタクシー運転手、もう一人がIT関係
「それでは食べる前に自己紹介してくださいね。1・ニックネーム、2・今日どこから来たか、3・職業、4・テーブルの上の質問カードをひとつ引いてくださあい」
質問カードには「もし小学生に戻れたら?」「朝はごはん派かパン派か」など簡単な問いが記載されている。しかし初対面で「朝はパン派です」といわれたところで、周囲はリアクションに困ってしまう。
私と同じテーブルにいた男性は一人がタクシー運転手、もう一人がIT関係の仕事という。それを聞いて、「私と同じだ!」と正面に座っていたぽっちゃり女性が目を輝かせる。「私もITなんですよ!」と、その男性の肩に軽く触れる。触れられた男性はやや身を引くが、それでもぽっちゃり女性は「お住まいはどこなんですか?」と明るくたずねる。こういってはナンだが、正直かなり太めの女性で、日頃からモテているようには見えない。
だがニコニコとオーバーリアクションで相づちをうつ彼女に、徐々に男性陣が笑顔を見せるようになった。笑い声に誘われたのか、もう一つのテーブルにいた男性もこちらにやってくる。
「えー、じゃあ今度一緒にディズニーに行きましょうよ」
なんと、ぽっちゃり女性はデートの約束までしている。しかも男性側もあいまいにうなずいているではないか……。
「新聞の投書とかする感じですかね?」
さて肝心の「流しそうめん」はというと、つゆを入れた紙コップを各自で持ち、みんな1回はそこに麺を入れてすすったものの、2回目は手をつけない人が多かった。そうめんを流す機械のぶんぶん回る音と、ぽっちゃり女性の笑い声だけが響く。一口1800円の高いソーメンである。
ボーッとしている私に、となりにいたタクシー運転手の男性が話しかけてきた。
「ひろこさんは“執筆業”ということですが、」
先ほどの自己紹介で私は自分の職業をそう説明していた。私がうなずいて彼の目を見ると、タクシー運転手の男性は首をかしげてこうたずねた。
「それって新聞の投書とかする感じですかね?」
驚きすぎて言葉が出てこなかった。「新聞の投書」でどうやってお金を稼ぐのだ。生きている世界が違うと感じた(前向きに考えれば、これまで出会ったことのないタイプといえるが、婚活イベントに初参加の私はそう捉える余裕がなかった)。
その時、事務局のお姉さんの「そろそろ終わりの時間です」という声が聞こえた。続いて「気になる人と連絡先を交換してくださいねー」とも言う。ぽっちゃり女性は周囲の男性とLINEを交換しているようだ。私はタクシー運転手の男性の質問には答えず、あいまいに笑みを浮かべながら荷物をまとめて、そそくさと会場を後にしたのだった。