「ひろこさん、かわいいですよね」
私の目の前に座ったのは営業職の男性。参加資格にある「気配りのできる人」という言葉通り、進んでこちらのオーダーもしてくれた。仕事のこと、やっていたスポーツ、最近のニュースなど話題は多岐にわたった。流しそうめんと比較にならないほど時間が経つのが早い。やがて右隣の幼稚園教諭の女性と、その正面、つまり私の斜め前に座る不動産経営の男性と4人で話すようになった。
「ひろこさん、かわいいですよね」
不動産経営の男性に言われた。柄にもなく照れてしまい、何も返せずにいると、右隣の女性が「チャラい」と彼をにらみ、ぐびっとビールを飲んだ。営業職の男性がとりなすように言う。
「ほらこの歳になって女性を褒めると、すぐチャラいって言われちゃうんだよね。俺もそう」
そして、「こういう会に出るのが8回目なんだけど」と打ち明ける。
「みんなで楽しくしゃべって、そこからどう距離を縮めるといいんだろうね。40歳にもなると、みんなそれなりに恋愛経験があるから、それをイチからしゃべるのもどうかと思うし、容姿を褒めるのも違うし、でも当たり障りのない会話だと先に進まないし……」
一つのグラスを二人で交互に飲み合っている
その時、左隣にいた女性のキャハハという笑い声が響いた。彼女も幼稚園教諭だが、右隣のキリッとした女性と違って甘ったるい空気を作っている。目の前の男性と完全に二人きりの世界で、一つのグラスを二人で交互に飲み合っているのだ。女性から男性に唐揚げも食べさせている。
4人の間で気まずい空気が流れた。私は「トイレに行ってきます」と小さな声で言う。
しばらくして席に戻ると、私の左隣にいた女性は席を移動して男性の肩に頭を乗せていた。見ているこちらまで恥ずかしい。するといいタイミングで店員さんが「そろそろイベント終了の時間です」と告げにきた。どこかから「2次会どうする?」という声がする。
斜め前にいた不動産経営の男性が私のほうを見て「連絡先……」と口にした。
私は聞こえないふりをして部屋の外に出てしまった。そのまま店の外へ、そして早足で駅に向かう。会費は参加前に支払っているので問題ないが、誰にも「さよなら」を言っていない。