中古車買い取り企業で自己破産の危機に

ジャックでは株式公開で資産を得た。だが、同社は独立起業した穐田に株券(当時)を渡さないという暴挙に出た。

穐田は自らの金で買った株だったのに、自分のものにすることができない…。抗議しても、ジャックは頑として渡さない。結局、彼は公開したジャックの株券を売ることができず、株券を担保にして借金し、創業資金を作るしかなかった。

理不尽な話だが、その当時は株券は紙の現物だった。現物を支配している人間が所有者になれたのである。

株を返してくれるまで、彼は借金の金利を払い続けなくてはならなかった。しかも、株券を手にできなかったままITバブルが崩壊し、さらにジャック自体にも不祥事が起こったため、株券は紙くず同然になってしまった。借金だけが残った穐田は自己破産の瀬戸際に立たされた。

ジャックを辞めた穐田が投資会社のアイシーピーを創業したのは1999年。同社が出資したカカクコムの社外取締役になったのは2000年のことだった。翌2001年には社長に就任している。だが、実質的には2000年から経営トップであり、また現場の最前線で働いた。

当時、カカクコムは従業員が5人だけのちっぽけな会社だった。秋葉原の家電販売店が売っていたパソコンの仕様と価格を載せたサイトを運営していたのだった。それでも価格比較サイトとしてはさきがけでもあり、国内では評価されていた。

ところが、そこへ外資がやってきた。

どうやってエリート集団を撃退したのか

日本の大企業も出資していたアメリカの価格比較サイト「ディールタイム」が日本に上陸したのである。ディールタイムの日本法人はエリートを集めて攻勢をかけてきた。

一方、カカクコムはオーナーの槙野光昭と穐田の他は5人のパソコンオタクしかいなかった。業界では「カカクコムはすぐにつぶれる」「ディールタイムの勝ちだ」と噂された。

だが、穐田と彼が率いるオタクチームには気合いと覚悟があった。

「ここで負けたら生きていけない」と思い詰め、朝から晩まで秋葉原の店をまわり、売っていたパソコンのスペックを細かいところまで調べた。そして、ひとつひとつ手入力で価格.comのサイトにアップしていった。

一方のディールタイムは足を使ったりはしない。資金力と最新のマーケティング理論でカカクコムを圧倒しようとした。

だが、軍配はオタクたちに上がる。オタクたちはパソコンを買う客が仕様の細部までチェックすることをよく知っていた。仕様だけでなく本体の色、付属品の有無まで、こだわって購入していたのである。

客はサイトに載った製品番号の最後の文字までちゃんと見ていた。カカクコムの社員たちはその部分まで入力していた。そこで、客は価格.comの情報を信頼し、価格.com経由でパソコンを買うようになったのである。

最新のマーケティングはオタクの執念に負けた。