厄介な病気

その夜のこと。物音が気になって山田さんが目を覚ますと、時計は午前3時。音がするのは母親のベッドの方だと気付くと、山田さんは行って明かりをつけた。すると布団から上半身を起こして、母親がすすり泣いていた。

「どうした? そんなに行くのが嫌なら、もうショートステイ、行かなくてもいいよ」

何とも言えない気持ちになった山田さんは、思わずそう口にしていた。

実はこの日、山田さんは発熱していた。このところ疲れがたまり、肉体的にも精神的にも限界で、「母がショートステイに行ってくれなければ、自分のほうが先に参ってしまう」と崖っぷちにいる気分だったのだが、そう言わずにいられなかった。

「2015年からのこの2年。何度、私は母を泣かしたでしょう。認知症になるまで、母が泣く姿なんで想像もできませんでした。いつでも強く明るくいてくれた母が認知症になって、母を見るストレスから、私は母をなじり、口汚く責め、悔しい思いをさせてしまいました……」

夜中、ひとり泣く母親の姿は、山田さんを今までになくつらい思いにさせた。

すると母親は嗚咽をこらえながら言った。

「そうじゃないよ……。お前の具合が悪いのに……何もしてやれねえ……。泊まりは行くよ……。そうしねえと……お前が困るからな……」

それを聞いた山田さんは、自分の布団に戻って泣いた。

「母にこんな気持ちにさせずに済む方法は? 私にとっても、こんな状況にならずに済む方法はあったんだろうか……? どこで、道を間違えたのか……? 母は今を生きてない方が幸せだっただろうな……と、思わずにはいられませんでした」

外を見ている祖母
写真=iStock.com/Nayomiee
※写真はイメージです

山田さんは母親を泣かせたあと、押し寄せる後悔にいつも苦しんでいた。

「認知症はとても厄介な病気です。言い表せないほど、毎日が食い違いの連続でした。最もつらかったのは、介護の疲労によって、母に言ってはいけないことを言ったり、やったりしてしまったこと。これはもう、私が死ぬまで悲しみ苦悩することになりました」

その後、介護度が要介護2に上がったことから、介護保険のサービスの範囲でデイサービスを2回から3回まで増やし、さらに山田さん自身の負担を減らすためと、母親の安全確認の目的で、訪問介護の回数を週4回に増やした。