玄関先で絶命、死因に事件性はなし

尼崎市が神戸家庭裁判所に対し記した資料によると、遺体発見時の状況は次のようだった。

「令和2年4月26日午前9時4分に錦江荘2階の玄関先において左横臥に倒れ絶命している状態を発見された。死体検案の結果、令和2年4月上旬頃に死亡したことが判明した。死体の所持品から死体は『田中千津子』の可能性が高いため、尼崎東警察署により身元調査が行われたが、身元判明には至らず行旅死亡人として尼崎市へ引き継がれた」

5月8日付の「死体検案書」には、死亡の原因は「くも膜下出血」、死因の種類は「病死及び自然死」と記されていた。医師の所見によれば、死因に不可解なところはないというわけだ。

くも膜下出血というと、長時間労働による過労死などでもよく聞く症状で、いわば突然死に近い。女性はあるとき不意に、進行していたくも膜下出血により昏倒し、そのまま玄関先で絶命したのだろう。本人が死期を予期できたかどうかはわからない。

発見のきっかけは溜まった郵便物

遺体の発見状況はどうだったのだろうか。尼崎東警察署は以下のように説明している。

「いつもすぐに郵便物を取り込んでいるのに、ここ2、3日、変死人の郵便受けに郵便物が溜まっていることを心配した住人からの連絡を受け、家主が仲介不動産業者に連絡。玄関ドアに施錠があったことから、変死人宅に声掛けするも応答がなく、当署に通報があり、警察官立会の下、家主が管理する玄関鍵で解錠し、更に内鍵がされていたことから救急隊が損壊し、屋内を確認したところ、玄関先において左横臥に倒れ絶命する変死人を発見した」

女性は運良く、亡くなってから割合早い時期に発見されたとみるべきだろう。もし住人が気づかなかった場合、大家が家賃を催促するまで発見されずに、遺体の腐敗が進行した可能性がある。

遺体発見後の部屋の様子。ベビーベッドの上に犬とロバのぬいぐるみが見える
遺体発見後の部屋の様子。ベビーベッドの上に犬とロバのぬいぐるみが見える(出所=『ある行旅死亡人の物語』)

なお、発見時の身長は約133センチメートルで中肉、年齢は75歳くらいで、右手指すべて欠損(労災によるもの)とされていた。着ていたのは緑色の長袖トレーナーとステテコショーツ。身長などは官報に記載された情報と同じだ。やはり、妙に小さいのが気にかかる。年齢に関しては「75歳くらい」とピンポイントで特定されているのが不思議だったが、これは遺品中の年金手帳を見ることで理由がわかった。

手帳は表紙がオレンジ色で、かつて厚生労働省に存在した社会保険庁が発行したものだ(同庁は廃止され、現在は日本年金機構が引き継いでいる)。「平成元年(1989年)2月1日」に保険者となったとあり、そこでの彼女の氏名は「田中千津子」、生年月日は「昭和20年(1945年)9月17日」とされている。2020年4月段階で、年齢は74歳となる。