国産原料への切り替えで起こった大問題

王様のチャールズI世(在位:1625~1649年)には取り巻きがいて、いろいろ国産化しようとビジネスプロジェクトを立ち上げた。洗濯に使う石鹸もその1つです。1631年に石鹸の原材料を国産に切り替えると決め、「国産材料でも品質は落ちない、証拠もある」と半ば強引に宣言して生産プロセスの独占権を取得し、収益の一部を国庫に納めると約束して会社を立ち上げました。

実際の史料が示しているのは「大量生産vs手づくり」という対立の構図ではありません。当時は植民地貿易が拡大し、通商も急速にグローバル化しつつあった時代なので、「他国からの輸入依存vs国産原料への切り替えによる経済的自立」という軸が論点になったのです。

しかしここで、重大な見落としがあった。石鹸づくりにはアルカリ性水溶液を使いますが、多くは針葉樹を燃やした灰からつくるんですね。だから、原材料として針葉樹の灰を輸入していた。この輸入をやめて、原材料を国産に切り替えたのですが、ここに問題がありました。

イギリスには針葉樹が少ないので、同じ原材料を国産でつくることはできない。そこでどうしたか。「針葉樹」の代わりに、国内でも多く生息する「広葉樹」の灰でアルカリ性水溶液をつくり、石鹸の製造に使ったんです。

革命の背景は男性目線でしか語られてこなかった

実は広葉樹由来の灰は、針葉樹のものよりアルカリ性が強いんですね。ここで起こったのが、「手荒れ」の問題です。国産原料の石鹸は、洗濯すると手が荒れるんです。重商主義を推し進めて、石鹸の品質が悪くなった結果、消費者たちが被害を受けてしまった。

シニアの手元
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当時のイギリスでは、一般家庭の洗濯は95%以上が女性たちの仕事でした。そういう研究データが2020年に出ているんですね。貴族や金持ちは、女性を含め自分で洗濯することは少ないから、粗悪な石鹸でも困らない。被害を受けたのは最下層にいる女性たちでした。

これまでの歴史は、男性中心に語られてきました。文献を読み返しても、石鹸で手荒れして困っていた「洗濯婦たちの声」はほとんど出てこない。だから、1649年に王政を覆したピューリタン革命が起こった原因についても男性目線で語られてきました。絶対王政の下で重商主義が暴走し、石鹸の製造者たち、つまり男性たちの経済的な権利が独占企業により侵害された、と説明されてきたんです。

重商主義への反発からピューリタン革命(1642~1649)が起こり、チャールズI世が処刑される。共和制が誕生し、自由化されていく。これがイギリス近代化のストーリーだったんです。