バランサーとして社会にインパクトをもっていたい
山本さんは2003年に慶応大学法学部を卒業したあと、イギリスに留学しましたね。むこうでの研究生活が長かったけれど、専門は経営史ということになりますね。
【山本】そうですね。西洋経営史、イギリス近世史、産業革命以前のCSRなどが専門です。2003年にヨーク大学に留学して、2009年に歴史学の博士号を取得したあと、セントアンドリュース大学、エジンバラ大学で研究し、英国学士院特別研究員としてキングス・カレッジ・ロンドン歴史学部に所属したり、ケンブリッジ大学の人文社会科学研究所の研究員を務めたりしました。2016年に東大の経済学研究科で専任講師となって、18年から准教授です。
さっきの話に戻ると、山崎さんが歴史に関心をもつのは、マザーハウスの事業とどう関わっているんでしょうか。
【山崎】マザーハウスは、絶えずオルタナティブでありたいんです。例えば、先進国と途上国の二項対立でいうと、僕らは途上国に光を当てる。工業生産と手仕事の二項対立でいえば、手仕事のほうです。権威主義への反発というか、絶えずカウンターパートとして存在する。「自分は正しいことをやっている」という感覚じゃなくて、パワーバランスを整えにいってる。みんなが生きやすくなるには、どんなバランサーになるべきかって発想ですね。
世界は3Dプリンターの方向へ進むと言われる中、途上国の人たちが手仕事でつくったバッグやジュエリーを売っているわけです。マザーハウスという会社を成長させるというより、バランサーとしてもっとインパクトをもたなきゃいけないという感覚があります。
歴史は二項対立の中の“揺らぎ”である
僕が歴史から学んでいることの1つは、バランスの問題なんです。人間はさまざまな二項対立の中で、絶えず行きつ戻りつ揺らいできた。歴史の大原則は“揺らぎ”じゃないかと思えるほどです。
【山本】おもしろい視点です。例えば、経済格差の拡大は、いま世界で問題とされている。でも、「経済発展によって社会はバリバリ豊かになっていく。パイ自体が大きくなっているのだから、格差があっても仕方がない」「パイ自体が増えないよりはマシじゃないか」という発想はかなり昔からあるんですね。分業の重要性を議論したアダム・スミスの『国富論』でもこのことを指摘しています。この発想に基づいて産業界は長いこと生産規模の拡大を追求してきた。
だけど、19世紀になると、工場というしくみが広がると同時に、若い世代や女性が搾取されることへのオルタナティブも出てきました。働く人たちの福祉をちゃんと考えようとかね。
ある種のメインストリームとオルタナティブの併存は昔からあって、山崎さんたちのビジネスもその流れで位置づけられるかもしれない。逆にいえば、オルタナティブとして傍流化していってしまうことも十分考えられる。だから、インパクトを大きくするにはどうすればいいのか、と興味がありますね。
【山崎】今はそれほど傍流化しないのが時代の流れだと思ってるんですよね。というのも、大量生産やテクノロジーの進歩が強まれば強まるほど、逆側の力も強くなると僕は見ているんです。
文化戦略の違いともいえます。例えばイタリアは、中小企業がたくさんあるんですね。アメリカで売り上げ1000億円の大企業が1社できるとしたら、イタリアは50億円の中小企業を20社つくるほうがいいよね、と考える。アメリカとヨーロッパの違いですね。
歴史が二項対立のあいだの揺らぎだとすれば、産業革命後の大規模な工場制機械工業から、また工場制手工業へ戻ることがあってもおかしくない。マザーハウスが途上国で進めているのはまさに工場制手工業です。