「あんたは一生遊んで暮らすことを勧めているのか」
「佐藤卓也の父親です。お会いしたい」ということでしたので、お越しいただきました。
「この提案書を作ったのはあんたかね」
「はい、そうです」
卓也さんは私が作成した提案書を父親に見せたようですが、その声は険悪な雰囲気です。
「あんたは一生働かないで、遊んで暮らすことを勧めているのか」
「そんなことはありませんよ」
「働かないで大丈夫と言ったら、働かないに決まっているだろう」
父親は怒り出しました。
「そういうわけではありません。伺った情報を基に分析したら、85歳まで貯蓄が維持できるという結果になっただけです」
「働かないと生きていけないって、なぜ言わないんだ」
「そう言えば、働きだすと思いますか? 今までもお父様はそうおっしゃっていたでしょう。それで変わりましたか?」
「……」
「ご本人は、今でも好きな道に進みたかったとおっしゃっています」
「芸術では、十分な収入が得られないでしょう」
「しかし、それをあきらめたのが今の姿です。まったく収入はありません。十分ではなくても好きな道で仕事ができれば、今よりは状況は良かったはずですよ」
父親も心に引っかかるところがあったのでしょう。押し黙ってしまいました。私は少し冷静になって話を続けました。
「もちろん、働いた方が良いに決まっています。私もそう思います。ただ、今すぐ働かないと生きていけない状況ではありません。ここはしばらくご本人の好きにさせてみてはいかがでしょうか。その結果、社会復帰ができれば、仕事にもつながっていくと思います。社会復帰とは、まず他者とのかかわりを持つようになることです。それが第一歩です。その上で、ご本人がアドバイスを求めてきたら、お父様の考えをお話しください」
私は、ひきこもりを立ち直らせる専門家ではありませんので、あまり踏み込んだ具体策をアドバイスすべきではありません。しかし、仕事をするに至るには、徐々に段階を踏んでステップアップしていく必要があると説明しました。
父親は黙っていましたが、何か思うところがあるようでした。