一時的に距離を置いてみることも

その後、Aくんとお母さんの距離が縮まるこんな出来事もありました。しばらくたって、お母さんに病気が見つかり、2週間ほど入院することになったのです。最初は息子たちの食事の用意などを心配してためらっていたお母さんですが、私は「何よりも自分の体が第一だし、きっとお互い勉強になるから」と入院を勧めました。

お母さんが入院している最中、Aくんは私に電話をよこしてこう言いました。「家事って大変なんですね。ただ座っていてもごはんは出てこないし、洗濯や掃除もしなきゃならないし……」。お母さんのありがたみが分かったでしょう、と言う私に、Aくんは素直に「よく分かりました」と答えました。

このように、親子のあいだでお互いの気持ちが分からなくなった時、一時的に距離を置いてみるのもひとつの手だと思います。

物理的に距離を取るのが難しい場合は、「自分の尺度だけで子どもに接していないか?」と、視点を変えてみるのも手です。昭和を生きた今の親世代と、平成・令和を生きる子ども世代とでは、考え方や常識とされることもまるで違ってきているからです。

自分がよいと思っている価値観を曲げて、異なる価値観の相手を認めることは難しいものです。それが自分より若い世代、例えば子どもが言う事であれば、すんなり認めることは余計に難しいかもしれません。しかし、自分がよいと考えるその価値観は単なる「思い込み」であるかもしれず、そのロックを外せば、新たな視点の獲得に繋がります。それに、若い世代から学ぶことは案外多いものです。

今月のひとこと
今月の一言

「慈悲」と聞くと、困っている人や苦しんでいる人に優しくする情け深い態度をイメージしますが、仏教用語では菩薩が衆生を憐れむ心、楽を与える「慈」と苦を除く「悲」を指します。なかでも「慈」は、親が子どもを思う慈しみの気持ちからきています。

子どもが成長するにつれ、彼・彼女らの視界は開け、知識も増え、親とは異なる自分の尺度が生まれてきます。親子の関係性が変わっていくのは自然の摂理です。ですから干渉しすぎることなく、慈悲の心をもって、一歩離れてお子さんを見守り、導いてあげてほしいと思います。

(構成=山脇麻生)
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