「弱者男性」とは誰のことか

それでは、「弱者男性」とは、具体的にどのような男性のことなのか。

たとえば、実業家・ライターのトイアンナは、こう述べている。

《弱者男性とは、インターネット上で生まれた用語で、日本社会のなかで独身・貧困・障害など弱者になる要素を備えた男性たちである。かつては「キモくて、金のない・おじさん」の略称として「KKO」と自称する男性たちがいた。が、現在はこの言葉そのものが差別的として、「弱者男性」という単語が使われやすくなっている》
(トイアンナ「日本の被差別階級『弱者男性』の知られざる衝撃実態……男同士でケアすればいいのか」)

また、ライターの鎌田和歌はこう述べる。

《「弱者男性論」は、2010年代後半になって特に言及されることが多くなった「女性の生きづらさ」に対して、「男性も生きづらい」という声が上がったことから始まる。2010年よりも前からこうした声はもちろんあったが、「弱者男性論」はネット上のブロガーやフォロワー数の多いツイッターユーザーが特に牽引した感が強い》
(鎌田和歌「女性の雇用制限が少子化対策になる? 炎上ツイートから見る『弱者男性論』」)

「キモくて金のないおっさん(KKO)」

ここで言われる弱者性にはいくつかの基準があり、それらが複雑に絡まり合っているようだ。たとえば、

・仕事の収入のこと、あるいは労働の非正規雇用のこと
・「キモい」と言われるような容姿の美醜の問題
・「コミュ障」と自嘲されるコミュニケーション能力の問題
・それ自体が多様なグラデーションをふくむ発達障害やメンタルの病などの問題
・現実に恋人や結婚相手などのパートナーがいるかどうか、という点

……などである。

引用の中にもある「キモくて金のないおっさん(KKO)」という有名な自嘲、あるいは「からかい」の表現に象徴されるように、上記のいくつかの要素が組み合わさって成り立つ連立方程式的な「弱者性」もあるだろう。というか、むしろそのような複雑な絡まり合いの中で醸成されていく「弱者性」のほうが現実的には多いのかもしれない。