最終目標は「四国をサイクリングアイランドにする」
歴史的に日本の地方自治体は豪華庁舎の建設に象徴される「箱モノ」行政に傾斜し、税金の無駄遣いと批判されてきた。
では、「箱モノ」の代わりに何を目指すべきなのか。ムーブメントである。社会的な運動や潮流と言い換えてもいい。ここでカギを握るのは「建物を造る」ではなく「人を動かす」である。
中村が2010年の知事就任早々に打ち出したビジョンには短期・中期・長期の3段階があった。第1段階は「しまなみ海道をサイクリストの聖地にする」、第2段階は「愛媛全体をサイクリングパラダイスにする」、第3段階は「四国をサイクリングアイランドにする」だ。
それぞれの段階に共通する要素が一つある。ムーブメントである。
というのも、どれも広域連携が不可欠のプロジェクトであり、愛媛県単独では前へ進まないからだ。第1段階では広島県、第2段階では県内の市町村、第3段階では香川、徳島、高知3県との連携が欠かせない。
「おじさんライダー」が起こしたムーブメント
愛媛県がジャイアントと連携して「しまなみ海道サイクリング」を大成功させた翌年、2013年のことだ。中村は県内の全市長・町長20人に「週末に一緒にロードバイクに乗ろう!」と呼び掛け、一緒にしまなみ海道を走破した。翌年には県内の商工会議所など経済界にもラブコールを送り、さらにサイクリスト仲間を増やした。
首長や社長が自らサイクリストとしてお手本を示せば、県内にサイクリングブーム――つまりムーブメント――を起こせる、と読んだのである。
首長や社長となれば50~70代の中高年が中心だ。しかも、中村から「体形はどうであれ、ピシッとしたサイクルウエアを身に着けて来てください」と念を押されていた。ひるんだとしても全然不思議ではない。
ところが、である。サイクリング当日になると、まるで申し合わせたように多くの「おじさんライダー」が集まった。強制ではないというのに。
知事を筆頭にした「おじさんライダー」がサイクリングする様子は地元テレビでも放送された。すると、県庁には「あんなおじさんたちがあんな格好して走っている! 楽しそう!」という声が続々と寄せられた。
知事はTED(テッド)トークの動画に感化されたのだろうか。
アメリカで生まれたTEDトークは、各界の著名人や専門家を招いて世界へアイデアを広がるスピーチフォーラムのことだ。2010年のTEDトークで使われた動画「ムーブメントをどうやって起こすか」は大きな反響を呼び、起業家や経営者の間でバイブルのような存在になっている。