「僕を見下しているように思えてしまった」

「デキる男は、イクメンやる余裕なんてないよ」──。

「誰に言うともなく、彼女がつぶやいたんです。イクメンのタレントを紹介するテレビ番組を一緒に見ていた時でした。ちょうど互いに結婚を意識して、仕事が忙しい彼女に代わって僕がイクメンやるよ、なんて話し合っていたんで、余計に引っかかって……。何か僕のことを見下しているようにも思えてしまって……。彼女も、言ってはいけないことだったとすぐに気づいたようで、あくまでも芸能人の話、だとか釈明していましたが……。彼女からは今、結婚を匂わされていますが、とてもそんな気にはなれなくて……」

どこか落ち着きがなく、歯切れの悪いかつての加藤さんに戻っていた。その数カ月後、彼から別れを切り出すことになる。

「ありのままの自分」とは何なのか…

結婚を目前に彼女と別れてから1年半、33歳になった加藤さんは今、結婚相手探しは停止し、キャリアアップの転職を目指して転職エージェントに登録し、専門業務の知識、ノウハウの鍛錬だけでなく、英語、スペイン語など外国語のスキルも磨いている。

奥田祥子『男が心配』(PHP新書)
奥田祥子『男が心配』(PHP新書)

「女性との関係で挫折したから、転職に逃げようとしているのではありません。それだけはわかってくださいね」

22年春、この日は珍しく、インタビューの冒頭でこのように念を押してきた。その一方で、これまでは悩みを抱えているときには決まって表情に現れた焦燥感はなく、婚活を再開した際に「女性の目を意識して」いったんは外していたメガネを再びかけ始め、上半分のみ銀のフレームのあるレンズ越しに柔和な眼差しが見て取れた。

「彼女(結婚目前に別れた女性)との出会い、交際は貴重だったと思っています。別れを決定づけたのは、実は彼女が僕を見下したように感じたことよりも、僕自身が『こんな自分でいいのか』と自問自答してしまったからなんです。料理の腕を磨いて、経済力以外で女性からモテようと頑張って、そこそこうまくいっていた時はうれしかったんですが、交際を続けるうちに、心の底では、彼女に仕事で負けて、女性の経済力をあてにするような情けない自分を受け入れられなくなったというか……。とりあえず結婚相手探しは置いておき、まだ転職も間に合う今、仕事で自信をつけたいと思っています」

海外での活躍も視野に、総合商社への転職を目指しているという。彼なりの前向きな決断であったことを知り、安堵した。と同時に、つぶやくように語った彼の言葉が胸に刺さった。

「『ありのままの自分』って、いったい何なんでしょうね……」