育児休業をきっかけとした嫌がらせ「パタニティハラスメント」が問題になっている。近畿大学の奥田祥子教授は「私が取材したある男性は、違法スレスレの悪質かつ巧妙なパタハラを受けていた。『イクメン賛美』が形だけの企業はほかにもあるのではないか」という――。(第5回)

※本稿は、奥田祥子『男が心配』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

公園で若いアジア系のビジネスマンの肖像画
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「イクメンが社会を変える」は理想でしかない

男性の多くが子育てに積極的に携わることが難しいにもかかわらず、「イクメン(※1)」が社会でもてはやされることにより、男たちは苦悩を深めている。

「イクメン」の言葉・概念が世に広まり始めたのは2009年頃のこと。翌10年には「育てる男が、家族を変える。社会が動く。」をキャッチフレーズに、厚生労働省が男性の育児参加、育児休業(育休)取得の推進を目的とした「イクメンプロジェクト」を発足させた。イクメンは、新たな男性像として祭り上げられているようだ。

しかし、実際に育児に関わってイクメンを実践できている男性はごく少数である。なぜなら、法的に時間外労働の上限が設けられても、自宅に仕事を持ち帰って処理せざるを得ないなど、実質的な長時間労働はいっこうに是正されず、子育てに費やす時間を確保することができないような状況だからだ。

さらに、表ではイクメンを称賛しながら、裏では育児に関する制度利用などをきっかけとする嫌がらせであるパタニティハラスメント(パタハラ)が横行し、男性の育児関与をなおいっそう困難にしている。

2022年12月16日に配信された朝日新聞デジタルの記事でも、都内に住む40代の男性が育休を取得後に上司から嫌がらせを受け、退職に追い込まれた事例が紹介され、話題になったが、ここで紹介するのはさらに悪質で巧妙に仕組まれたパタハラだ。

現実に反して、「イクメンが社会を変える」といった神話が社会に浸透するにつれ、男としてあるべき理想像を具現化できない“落伍者”として、自分を追い詰めてしまう男性は少なくないのである。育児に関わりたいと願っても実現できない理想と現実のギャップ、職場の本音と建て前など、さまざまな要素が複雑に絡み合った男たちの苦悩とそのわけを探る。

(※1)育児に積極的に携わる男性を指すことが多いが、言葉が世に出た当初は「育児を楽しむ、格好いい男性」という意味が前面に出ていた。名付け親は、広告会社のコピーライターとも、民間研究機関の研究員ともいわれている。