違法行為にならない“巧妙なパタハラ”
目を輝かせながら、そう話してくれたことを昨日のことのように思い出す。長男が誕生するまでさらに6年の間、子宝に恵まれず、妻は一時は退職も考えたという。タイミング療法による不妊治療を経て人工授精に踏み切ろうとしていた矢先、妊娠が判明した。それだけに、わが子への想いは相当のものだったに違いない。
男性の育休取得は社内では2件しかなく、期間はいずれも5日未満。男性の育休取得者の所属は総務、人事部で、荒井さんの営業部からは前例がなかった。「男性社員の育休取得が好まれないことはある程度認識していた」うえで、3カ月の育休に踏み切ったのだ。
育休取得を契機とした処遇、つまり育休と処遇との間に因果関係があれば、法律で禁じられている不利益取扱いに該当する。荒井さんも不利益取扱いであると人事部に訴えたが、育休終了から1年以上経過していること、さらにこの間の人事考課が低かったことなどを理由に、認められなかったという。
異動以前に、育休からの職場復帰後に慣れない内勤に変えられて低評価を受けたこと自体、不利益取扱いの可能性がある。これらが会社側に仕組まれたものだとすると、巧妙なパタハラといえるだろう。
部署異動はしたがやりがいを感じている
22年に39歳になった荒井さんは現在、総務部門の係長として、製造過程における環境負荷を軽減するなど環境対策を担当している。CSR(企業の社会的責任)やSDGs(持続可能な開発目標)の観点からも、企業活動として注目される分野である。
プライベートでは、10カ月の育休を取得して職場復帰してから約1年半になる妻と、3歳の長男の保育園への送り迎えなどの育児を分担している。改めて、今の考えを尋ねた。
「急に人事異動を告げられたあの日の出来事は、今でも忘れることはありません。でも、悪夢にうなされたりすることはなくなりました。会社の理不尽なやり方には腹が立ちますが、終わったことを振り返るより、これからどう働いて、生きていくか、先のことを考えるように気持ちを切り替えないといけないと自分に言い聞かせています。
以前は総務などのバックオフィス部門に関心がなかったんですが、重要な屋台骨だと自覚した。僕の前に育休を取った男性社員も総務と人事ですし、多くを語り合うことはないけれど、男性の育児のつらさを共感し合える仲間が近くにいるのは心強いです」