突然、部長に呼び出され部署異動を命じられる
なぜ、この俺が出世コースから外れなきゃならないんだ――。大手メーカーで入社以来、営業畑を歩んできた荒井拓真さん(仮名、当時38歳)は2021年春、総務部庶務課への人事異動の内々示を受けて唖然とし、思わずそう心の中で叫んだ。
人事異動の内示を数日後に控えたある日、所属部の男性部長から不意に呼び出された。細長い会議室の出入り口から最も遠い隅で、長テーブルの対角線上に2人は向かい合った。「君、総務部庶務課に行ってもらうことになったから。それほど重要な引き継ぎはないと思うが、まあ、後の者が困らないように頼むよ。じゃあ」「ちょ、ちょっと待ってください。理由を教えてください。その左遷、される……」
「おいおい、『左遷』なんて、君、人聞きの悪いこと言ってもらったら困るよ! 理由は、自分の胸に手をあてて考えてみてよ。わかるでしょ。人事考課があれほどガタ落ちしちゃ、残念だけど、営業ではもう面倒みきれないのよ。新天地で頑張ってくれ。じゃあな」
部長は言い終えて会議室を出ていこうとして立ち止まり、顔だけ振り向き、こう言い放った。それまでの口調とは打って変わり、ドスのきいた声だった。
「おい、お前、パワハラだなんて言い出すんじゃないぞ。異動にはちゃんとした理由があって、客観的証拠もあるんだからな」
これは唐突に異動を告げられた時の状況を、荒井さんの証言をもとに再現したものだ。
用意周到に仕組まれた罠だった
荒井さんが総務部への異動の経緯と苦悩を語ってくれたのは、人事異動から数カ月が過ぎた21年夏のインタビューでのこと。第一子となる長男が生まれて育休を取得する予定であることを教えてくれた、19年以来の取材だった。
「あの日の出来事は今も、頭から一時たりとも離れたことはない。夢にまで出てきて、うなされて飛び起きることもあります。仕事中も、思い出すだけで心臓がドキドキしてきて、怒りと悔しさ、憎しみが込み上げてきて……。これまでの人生でここまでつらい思いをしたことはなかった。常に前向きに生きてきた人間としては、抱きたくない嫌な感情ばかりですが、しょうがないんです。懸命に会社のために頑張ってきたのに、裏切られた気分です……」
実際に、インタビュー中にもあの日の光景を思い出してつらそうな様子を見せることがたびたびあったため、ここで取材を切り上げて改めて機会を設けることを申し出たのだが、彼は力を振り絞って言葉を継いだ。
「育休を取ったことによる多少のハンデは織り込み済みでしたが、まさか左遷されるとは……。あの時、部長が言ったように、人事考課が急落したという客観的証拠はあるんです。でも、それも僕を左遷するために、用意周到に仕組まれた罠ですよ。男が育休を取ったらこうなるという、見せしめ以外の何ものでもありません。そ、それに……」