よく似た言葉にホルモンがあります。ホルモンとは、個体の中の分泌腺で合成され、血中に分泌された後に血流で運ばれ、個体内の他の器官に生理活性作用を引き起こす化学物質です。つまり、ホルモンは自分の体内ではたらく一方、フェロモンは同種の他個体にはたらく物質なのです。

フェロモンもまた、分泌腺で合成・分泌されます。チャバネゴキブリの集合フェロモンは、後腸にある器官から分泌されると考えられています。最近では、ゴキブリの腸内細菌の一部が集合フェロモンを合成・放出しているという研究報告もあります。

集合フェロモンは同種の仲間しか感知できない

「その集合フェロモンのにおいは、誰でも感知できるの?」

ミエルダは腕組みをして答えます。

「いい質問だ。そこがフェロモンのいちばんの特徴なのだが、フェロモンは同種のゴキブリにしか感知できないんだ。たとえば、ヒトはそのにおいを感知できないし、たとえ何かにおいを感じたとしても、ゴキブリの『うんち』をめがけて集まる行動を起こすことはない。フェロモンはあくまでも同種のみにはたらき、仲間うちだけに同じような行動を引き起こす物質なんだ」

「どのようにして、同じ種の個体どうしだけが反応するの?」

「う~ん、これは少し難しい質問だね。まず、他個体の『うんち』から発せられた集合フェロモンをキャッチする必要がある。そのため、ゴキブリの触角には集合フェロモンのみを受け取ることができる受容細胞が並んでいるんだ」

通常、このような受容細胞の細胞膜には、タンパク質でできた受容体が並んでいます。それら受容体に、空中を漂ってきたフェロモンが結合することによって受容細胞内で変化が起こり、信号が発せられます。

その信号は神経線維を伝わって脳に伝えられ、脳でその情報が処理されます。続いてその情報が出力をおこなう運動神経に伝えられ、運動器官である脚の筋肉を収縮させて、集合場所への移動行動を引き起こすのです。

【図表1】ゴキブリの「うんち」から発せられる集合フェロモンが他の個体を次々に誘引する
出典=『うんち学入門
【図表2】嗅細胞の表面にある嗅覚受容体
出典=『うんち学入門

集合場所である「うんち」にたどり着いた個体の中でも集合フェロモンが分泌され、その集合フェロモンを含んだ新たな「うんち」が落とされる。その「うんち」が、さらに別の個体を引きつける……という連鎖が起こります。ミエルダに戻しましょう。